第2話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!タイトル通りのお話なのですが、(長いので通称「であすす」)おどろくことにこれは実話。修行のような、冒険のような旅路の果てに、花田さんがみた景色とは?!※ この連載は全8回を予定しています (第1話はこちら

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

このよくわからない出会い系サイトのようなもので、よくわからない試みをやってみようと思ったのには、同時期に起きたあることがきっかけになっていた。吉田さんに、30冊の本をプレゼンしたことだ。

 

吉田さんは、職場(ヴィレッジヴァンガード)の上司のさらに上司だったが、10年前は店長とバイトという関係だったので、上司として尊敬しつつもその関係性は古い友達のようでもあった。

このときは店を定期的に視察しに来る立場だったが、私が仕事で腐ってるのを踏まえてだろう、ある日の視察で「我慢してがんばってるなあ~」と売り場を見て苦笑し、去り際に「次来るとき、なんかお勧めの本用意しといてよ」と言って帰った。日々の仕事に忙殺されてロクに本棚に触れていないのを見抜かれ、焚きつけてくれているんだろうなあと受け取った。恥ずかしかった。

 

私は店も仕事も全然楽しくなかった。手書きのPOPも変な雑貨もごちゃごちゃした空間もすべてが大好きで、一度働いてみたいとバイト入社してからの10年。宝物のような経験が死ぬほどたくさんあって、私は自分に仕事の楽しさを教えてくれたヴィレッジヴァンガードを心から愛していた。

バカな雑貨も大好きだったけれど、次第に本を売ることの魅力に取りつかれていった。けれどそれは会社の大きな流れと逆をいっていた。本を売ることが会社にとっての「善」だと信じていろいろと悪あがきしたが、あきらめの気持ちが徐々に胸を占拠していった。そして本が売りたいと騒いでいる自分を陰で吉田さんがフォローしてくれていることも知っていた。それなのに自分の店はと言えば、毎日雑貨をさばく仕事に追われて本棚にまで手が回らず、すぐにお勧めできる本すらない荒野なのだから、深読みしすぎなのかもしれないが吉田さんの言葉は大いにこたえた。

次に来てくれたときは、「ここまでしなくていいわ!」と笑ってもらえるような、やりすぎなくらいの準備をしておこう。箱いっぱいにオススメ本を用意してみよう。そう思い立ち、10年間の関係を総ざらいし、吉田さんが読んでいた本、好きな作家、性格、発言、これまでした話……思いつく限りをメモして本を選び、さらに都心の大きな本屋に新ネタを探しに行った。

すべての本を、「吉田さんは○○だから、この本いいと思います」「吉田さんこの前○○○○と言っていたので、そんな吉田さんにこの本オススメです」と理由づけして紹介できるようにしよう。私は決戦の日に備えてひとつの段ボール箱にどんどん本を増やした。「明日行くから」と連絡が来たとき、箱の中の本は30冊になっていた。本を1冊1冊確認しながら、プレゼンの流れと口上を考えては何度も順番を並べ変え、箱から出しては戻してを繰り返した。

 

雑貨の不良在庫が山積みの狭いバックヤード。私は吉田さんの正面に座り、いちばん上の1冊を取り出して「まず吉田さんにお勧めしたいのはこちらです!」とプレゼンを始める。

本や雑貨の営業を受けることはもう何百回もしていた。けれど本を営業することが、こんなに嫌な汗の流れるものだったとは。吉田さんはふんふん、なるほど、などと相槌を挟みながら、紹介し終えて渡した本を右に左に分別して置いていく。

「え……それ、どっちがどっちなんですか?」

「まあまあ。あとであとで。いいから続けてよ」

相手の視線、ちょっとした動きやしぐさが異常に気になってしまう。興味をもっている?それとも退屈して聞き流している?なかなかわからない。30冊もあるので長すぎては相手も飽きるだろう。途中で軽めの紹介や、出オチのようなネタ本、それから紹介している途中の反応とテンションで「これは…紹介しようと思ったけどそんなでもないかな…やめときます」みたいなことも挟みながら全部を紹介し終えて、私はぐったりしていた。

吉田さんは左右に分けたものをさらに分けたり入れ替えたりしながら、「じゃあこれを買います」と、7冊の本を差し出してくれた。上司だし、お金も持ってるし、別に本当にはその本、気に入ってなんかないのかもしれない。

だけどその本を受け取ったときの、泣きそうな気持ちのその瞬間が、何かが始まった瞬間だった。

 

誰かに、こんなに真剣に考えて本をお勧めしたことはなかった。相手のことを何も考えなくても、理由なんて何にもなくても、本はお勧めできる。とにかく自分が読んで面白かったから、というのはシンプルにして最強のお勧め文句だし、雑誌や新聞で本を勧めること、もっといえば店で本を並べて売ることだって、相手を特に限定せずに本を勧めていることだとも言える。

でも、そうじゃなくて……。

その人のことがわからないと本は勧められないし、本のこともわからないと勧められないし、その人に対して、この本はこうだからあなたに読んでほしいという理由なしでは勧められないんじゃないかとも思う。

自分が今日初めて体験し、立ち現れたものが何なのか、よくわからなかった。相手に興味を持って考えることはすごく面白かったけど、相手は何を受け取ったのだろうか?うれしかっただろうか?

ただ、興奮の余韻だけがいつまでも頭から離れなかった。この面白さの正体を知りたかった。

 

第3話につづきます)