第3話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然存在を知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)。修行のような、冒険のような旅路の果てに、花田さんがみた景色とは?!※ この連載は全8回を予定しています (これまでのお話→第1話第2話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

初めて会うことになった相手は土屋さんという広告代理店で働いている男の人。本格的なコーヒーが売りの、奥渋谷のおしゃれなカフェを指定された。「知らない人と話す!」と思うと落ち着かず、何度も店を見渡したりスカートのしわを直したりしているうちに土屋さんらしい人が入ってきた。

とりあえず気持ち悪い感じの人じゃなかったのでホッとする。それに落ち着いていて話しやすそうな雰囲気だ。お互い挨拶と自己紹介をしたあとは、普通であれば「何を話そう」と戸惑う場面だが、何しろ特殊な状況下で会っているので「どうしてこれをやってるんですか?」「今まで何人くらいと会ってるんですか?」という質問をしているうちに次の質問につながるし、お互いが質問に答えているうちに時間はあっという間に過ぎた。

話の終盤になって、慌てて本のことを聞く。普段どんな本を読んでるのか、どんな本が読みたいか。じゃあ小説がいいかな、と言う。聞く限りではそこまで新刊を追ったり熱心に大量の本を読んでるというふうではないようだ。歳は私より10歳くらい上だろうか。ちょっと不良っぽい雰囲気もありつつ、仕事の話のときはセンシティブで、繊細に話している一面もあった。話の途中で「言葉」の話になったこともあり、新しい言葉の登場に興味を持ってくれるかもしれないと感じた。普遍的なものよりは今っぽいものの方が好きそうな感じもする。

つい最近自分が読んで大いに「すごい人が現れたな」と思った樋口毅宏にしよう。『さらば雑司ヶ谷』でもいいけど、タイトルにセックスって入ってる方が興味を持って読んでくれそうだし文庫化したばかりで新鮮さもある『日本のセックス』にしよう。

1冊目の紹介本はそんなふうに決めた。

 

二人目の人はユウジさんという30くらいの男の人。喫茶店で待ち合わせていたが急な仕事が入り遅くなってしまうと連絡があり、居酒屋で待ち合わせることになった。子どもにパソコンやプログラミングを教えるベンチャー企業に勤め、自分も起業することを考え中だという。明るく、面白く、盛り上げ上手でお酒が進んだ。ポジティブすぎる言葉遣いに特徴のある人で、君には特別な何かを感じる、こんな魅力を持った人に出会えたことに感謝する、としきりに言っていた。

ユウジさんに本のお勧めのことを聞くと「君のことをもっと知りたいから、今、君がいちばんこれだと思う本、君という人がわかるような本を教えてほしい。必ず買って読むよ」と言うので、ちょっと拍子抜けしたが、ではではと遠慮なく大宮エリーの『思いを伝えるということ展のすべて』という本を紹介した。エリーさんのインスタレーションの個展を写真と文章で再録したもので、ファンでもない普通の人には読みづらい本だと思う。ただ、この本は家出期間中にずっと読み続け、お守りのように何度も開いてはいつでも泣いた、そんな本だった。エリーさんの、安易じゃないけどそれでもやっていこう、人とつながっていこう、というメッセージが深く心に浸透した。

 

本はよく考えてからお勧めしたかったので、その場ではなく、数日後にFacebookのメッセージで、おすすめする本のタイトルとその本を選んだ理由を送った。すると二人ともから奇しくも同じようなメッセージが返ってきた。二人のメッセージを要約すると、

「あなたは女性として魅力的である。自分には配偶者がいるがそれは問題ではない。ぜひまた会いたい。ただ、あなたがこちらとの肉体的な関係を検討する気がないのであれば会う必要はない」ということがとても明るく爽やかに書かれていた。本については、二人とも軽く触れているだけだった。

なるほど。なるほど。そういう感じか。

この顔・この体形・この年齢(当時33歳)でもアリなんだ……という、健康診断でA判定をもらったような安心感も正直あった。けれどそれはワクワクするような感情にはほど遠く、軽い無力感のようなものがもやもやと心に広がった。

 

三人目は大橋さんという、こちらは20代半ばくらいの男の人。新卒のサラリーマンっぽい雰囲気で何の仕事かははっきり言わず、代わりに

「博報堂からスカウトされていて困っているんだけどね~。でも今も年収は5000万だし……あ、やば、言っちゃった」

と聞いてもないことを親切に教えてくれた。

それを聞いて私も

「へえー年収5000万かあ、すごいなあ! そんなに稼いでてもドトールとか使うし、ワリカンなんだなあ、勉強になるなあ」

と感心した……かったのだがさすがにそれは無理だった。

せめて…せめて年収1000万と言ってくれていれば。ホントかよ、と思いつつまだどこかで信じようと思うこともできたかもしれないのに。5000万円ではちょっとフォローできないじゃないか。いや、でもそんな明らかに非現実的な数字を言ってくるというのはもしかしてこれは笑うところだったのかも? でも笑うところっぽい雰囲気じゃなかったような……。と考えてるうちによくわからなくなったので、とりあえず、だいぶ間があいてしまったが「へええー」と言ってアイスティーをすすった。そこ以外の会話は普通だったし、普通に面白かった。

 

しかしそれにしても。とりあえずセックスしようって言ってみる奴。とりあえず突飛な嘘をつく奴。こんな人ばかりのサイトなのか。もうめちゃくちゃじゃないか。めちゃくちゃすぎるだろう。けれどそう思いながら年収5000万とふたり、渋谷駅に向かって歩く雑踏はいつもより力強く輝いていた。

だって無機質で居心地が悪いとしか思ってなかった街は、少し扉を開けたらこんなにもおもしろマッドシティーだったのだ。なんて自由なんだろう。やりたいようにやればいいんだ。こっちだってやってやるよ。やりたいように好き勝手に本の紹介をしてやるよ。そんなふうに内心でたぎりながらスクランブル交差点の信号待ちをしていると、5000万が「あのさ」とちょっと言いにくそうに切り出す。

「菜々子さん、プロフィールをすごい変わった感じで書いてるじゃん?あれ、やめたほうがいいと思うよ。俺はチャレンジャーだから、どんなやつか確かめてやろうって思って今日来たけど。で、実際すごいマトモで安心したんだけど。でもやばそうって思うやつも多いと思うから、ちゃんと真面目に書いた方がこれからいろんないい人と会えると思う」

盲点だった。こちらが相手を怪しむことでいっぱいで、相手から怪しまれていることをまったく考慮していなかったのである。

私は、このようなサイトの中ではまずは埋もれずに目立つことが大事だとばかり思い、ウケ狙いの強いキャラ設定で押していた。職業を「セクシー書店員」とし、あまつさえこの大橋さんと会った時間の募集コメント欄ではこともあろうにセクシーなぞなぞまで出題していた……。あと、あと…プロフィール写真もツチノコのぬいぐるみを頭に被って無表情、という不思議ちゃん感丸出しの自撮り……。言われてみれば怪しさ満載だ。というかもう、これ、ただのやばいやつじゃないか。

やってやるよと意気込むまでもなく、私がいちばんやばいやつだったのである。しかもそれをやばいやつが忠告してくれるというこの二重苦。死にたい。

「ほんとだ……ほんとそうだね……。今なんか目が醒めた。うん、やめるよあれ」

「絶対そのほうがいいよ!」

ありがとう5000万。今夜だけはオマエの年収信じるよ。

信号が青に変わる。私たちは手を振って別れ、マッドシティーを後にした。

 

 

 

そんなふうにしてよろよろと危なっかしくスタートした私の旅は、そんなでも初めての景色に目を奪われる子どものように夢中になれるものだった。本をお勧めする手応えはまだよくわからなかったが、それでもその日会った人のことを思い出して1冊を絞り出すのは楽しい作業だった。

高島さんに本をお勧めするまでは。

 

高島さんは当時流行していた「ノマド」という言葉(言葉自体は現在もうだいぶ廃れてしまったが)のイメージのままに、日本中を旅しながらスタバにマックを持ち込んでIT系の仕事をしている人だった。私はそんな人と実際に話すのは初めてだったのでついいろいろと質問した。話は弾んで、楽しい時間だった。やはり高島さんの興味は「これからの働き方」にあるようだった。

私は家に帰ってから早速思いつく本を何冊かお勧めするメールを送った。新しい働き方のバイブルとも言うべきレイモンド・マンゴーの『就職しないで生きるには』や西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』、それからこの頃に登場し、とても注目されていた坂口恭平さんの『独立国家のつくりかた』、イケダハヤトさんの『年収150万円で僕らは自由に生きていく』。どれも今の高島さんに役立ってくれそうだなあ、とワクワクした。

ところが高島さんから返ってきた返事はたった一行のものだった。

「そんな本は、とっくにもう全部知ってます」

 

第4話につづきます)

 

注:3話以降、実際にお会いした方のプライバシー保護のため、名前、職業、お会いした順番など一部を変えています。