第4話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)。前回ついに人と実際に会い始めた花田さん。本への興味もそこそこに性的関係をせまる人。年収を大胆にサバ読みする人。そして、おすすめした本に対し「そんな本はもうとっくに知っています」と返す人が現れ…。※ この連載は全8回を予定しています (これまでのお話→第1話第2話第3話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

「そんな本はもうとっくに知ってます」

その一言は、それまでの浮かれた気分に冷たい水をかけられるような一言でもあったけれど、同時に目を覚まさせてくれる言葉でもあった。

ちょっと考えてみれば当たり前のことだ。彼はいわば「ノマド」の専門家なのであって、そんな人に知識としてノマド的ななんやかやをかじっているだけの浅い自分がその人がおっと思う本をお勧めできるはずもない。本をたくさん読んでるならはじめからそう言ってよ!と逆ギレしたい気持ちもあったが、自分の聞き込み不足が悪いのであった。

もうちょっと本の話をふっておけばよかったなあ、などと反省しつつ、だったらこれは知らないかも?という2冊を追加でおすすめしたが「それも知ってます」という返事がすぐに返ってきた。絶望的だ。もう何を紹介しても同じ返事が返ってくるのでは、と暗澹とした気持ちになってくる。

考え抜いた挙句、次の一手を出した。『23分間の奇跡』という、独裁国家を批判しているような内容の寓話なのだが、異様に張り詰めた空気の教室の中、たった23分の時間の中で起きるできごとと独特の気味の悪さが魅力的な本だ。政治の話などはほとんどしなかったが、なんとなく高島さんの斜に構えたような性格に合いそうな気がしたし、何よりまず、さすがにこの本は知らないよね? とすがるような気持ちでもあった。

こんな内容の本で、性格的にお好きではないかと思いまして…というメッセージとともに送ると、すぐに「これは面白そうですね。さっそく読んでみたいと思います」という、ようやくのOK(?)が出た。当然だが意地悪で突き返していたわけではなく、本当に知らない本を紹介してほしかったのだろうと思う。この本がはたして正解かどうかはもちろんわからないが、今までの相手の中でいちばんちゃんと本を欲してくれた人とも言える。

 

それにしても、本を紹介するということをもっとしっかり考えないといけない。こうしてことばにしてしまえば当然すぎる話なのだが、例えば村上春樹の熱狂的なファンに村上春樹の新刊をお勧めしても何にもならないのだ。

《本をお勧めするときの注意(メモ)》

・特定のジャンルに詳しい人にその道の本を紹介するべからず

・本をあまり読んでいない人には、有名な本や名作を紹介してもよい

・本をよく読んでいる人には、マイナーな本や、きいたことのない本、その人が読む本から遠いジャンルの本が喜ばれる

・ただしその場合も「なぜその人にその本なのか」という理由付けは必要

・どのくらいの遠さがベストなのか――かなり遠いジャンルを求めているのか、その人の好きなジャンルからちょっとずらすだけの方がいいのかは人を見て総合的に判断

・スペックや職種から発想するより、その人の雰囲気から紹介する方がウケることもある(占いとか、「私をイメージしたカクテル」に近い)

 

 

また別の夜のこと。はじめて女の子と会うことになった。知らない異性と会うということにそれほど不安を感じていたつもりはなかったけれど、約束してみると同性と会うことはこんなに構えずにいられて気楽なものなのだなあと気づく。

大学を卒業して就職したばかりというさやかちゃんは、細くてかわいくて人形のような容姿に男勝りで気さくな性格を持ち合わせた、最強に素敵な女子だった。

「そんなにかわいかったら、この活動してて口説かれたりして大変じゃない?」

さやかちゃんはこの世界では私よりもだいぶ先輩で、けっこう前からこのサイトを利用しているようだったので私はきいてみた。

「そういう出会い目的というか、ただ若い女子に会いたくて登録してる人はすぐわかるんですよ」

と言ってスマホの画面を見せながら解説してくれる。

「まず、この人そういう人かも? という人のプロフィール画面を開いて……それからその人が会いたい人として登録している人を見る。そうするとかわいいっぽい顔写真つきで登録している女の子ばかりがずらっと並んでるのが見れるんです。これで検証終了 (笑)」

ためしにセフレ要員のお誘いをくださったお二人のプロフィールを確認する。見事にそのとおりだった。

「しかもヤリ手の人はサイトに入ってきたばっかりの人を狙って声かけてますよ。菜々子さんが会ったその二人もそういう人だと思います」とさくっと片づけただけでなく、自分が会った人のリストを表示して、この人ダメ、この人ダメ、この人はいい人、あ、あと、他の人にきいたけどこの人とこの人もそっち系っぽいですよ、と教えてくれる。

このサイトで誰かと出会うことを、完全に1対1の対決(?)のように感じていたが、実はせまい世界で別々にあった人どうしもつながっているしこうして情報交換もできる、ひとつの村みたいなものなのである。信用社会の縮図だった。

「まあそういう目的の人でも面白ければ全然いいんですけどね~」というさやかちゃんの言葉には同感だったが、私自身もプロフィールを改善して怪しさを撤廃し、まともになったことで、だんだんまともな人と会えることが多くなっていた。

さやかちゃんとはムーディーなおしゃれカフェと全く似つかわしくないお互いの馬鹿すぎる恋愛冒険譚を披露し合って下品にゲラゲラ笑い転げて、閉店時間になって追い出されるまでしゃべり続けた。

数日後、おすすめした本はアルテイシアの『もろだしガールズトーク』。直接的な単語が飛び交う下ネタ満載のエッセイ本で人前ではとてもページを開けないが、根底には強いフェミニズムがあり、女子が男子からの支配や社会の偏見から逃れ、自分の性を肯定できるようにという願いがいつも書かれていた。さやかちゃんから少ししてメッセージが届いた。

「おすすめありがとう!買ったけど!!あれ家の本棚に置いとくの無理だから~!でもめっちゃおもしろいね、共感しまくりです。強く生きまーす。また冒険のネタ増やしとくんでときどき報告会やりましょ☆」

 

横浜で江崎さんという人と会う。その人はこの近くのコワーキングスペースに通ってIT系の仕事をしているという。コワーキングスペースというのは、要はシェアオフィスのようなものらしいが詳細は不明だ。

「今、定期的にそこで人が10人くらい集まってやる心理ゲームみたいなのをやってるんだけど。人狼ゲームって知ってる?」

「きいたことないです」

「今度それやるとき誘うから遊びにおいでよ!他の人たちもみんないい人たちだよ」

 

というわけで後日さっそく、横浜駅から歩いて10分ほどの謎の施設、Tに出向いた。江崎さんがみんなに自分を紹介してくれるのだが、

「菜々子さんはCのサイトで会ったんだけど、会った人にぴったりの本を探しておすすめするっていうのをやってて、すごい人気あるんだよ」と言うので、あ、そのことみんなに言ってもいいんだ、という驚きもあったし、人気者と紹介してくれた(ランキング制度のようなものがあり、上位に入るようになっていた)こともうれしかったし、何より驚いたのがまわりの人もみんなCのことは知ってて「すごいね、俺も登録してるけどまだやったことないんだよね」「俺はけっこうやってるよ。今度俺も本紹介してほしい!」と普通のものとして受け止めていることだった。社内の友人には引かれそうでこのサイトの話をしたことはなかったが、こっちの世界では普通のこととされているようだった。コワーキングスペースという場所だからなのか、ITの人達だからなのか、よくわからなかったが。

その日教えてもらった人狼ゲームも面白くて、それからたびたびTに足を運ぶようになった。見ることや知ることの全部が新しかった。みんな自分のパソコン(もちろんマックの薄いノート型のやつだ)をここに持ってきて、フリーで自分の仕事をしているというのがおしゃれでかっこよく見えた。それにみんなIKEAに買い物に行ってきたと言うのと同じくらいの気軽さで誰もがアプリを開発しているようだった。

この頃からTで会った人を含めて、知り合いのような友達のような人が爆発的に増えた。

何の仕事をしているのかよく知らない人や本名を知らない人も多かった。自分がいつか深夜のファミレスで切望したとおりに、私は心から元気になっていった。別居している夫とのことで沈むような出来事があっても、もうひとつの世界でどんどん新しい世界を吸収し、元気にしている明るい自分の残像が自分を支えた。向き合うべきことに向き合わずに、楽しいことだけやって逃げてることなのかな、と罪悪感を感じたりもした。

 

だけど、逃げ道がなかったらどうやって生きていけるのだろう?

 

 

第5話につづきます】

 

注:3話以降、実際にお会いした方のプライバシー保護のため、名前、職業、お会いした順番など一部を変えています。