第5話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)。自らのあやしすぎるプロフィールを改め、徐々に「まとも」な人たちに会えるようになってきた花田さん。今まで会ったことのない人たちとの出会いは、別居の悲しみをひととき紛らわせてくれるものとなっていきました。※ この連載は全8回を予定しています (これまでのお話→第1話第2話第3話第4話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

知らない人と会うことはもはや生活の一部となっていた。

いろいろな人がいた。詩人。マジシャン。写真家。転職活動中の人。タクシーの運転手。鯖を居酒屋に卸してる人。保険の営業マン。起業した人。起業したい人。起業して失敗してフラフラしてる人。ヒッチハイクのプロ。コーチングのプロ。日本茶の専門家。ハプニングバーによく行く人。この世はすべて陰謀であることを教えてくれる人。TOEICで満点取り続けることを己に課している人。カルト宗教から脱出してきた人。わらしべ長者的に物々交換で世界中を旅行している人。家もお金も仕事もすべて失って一からやり直そうとしている人。

 

実際にお会いすると、プロフィールから想像していたのと違うイメージの人が来ることが多かった。わからないものだな、と思う。

たとえば田口さんは「起業目指してる大学生です!情報交換しましょう☆ 面白いこといっしょにやりましょう!!」と、プロフィール上はいかにもチャラそうな男子。待ち合わせ場所になぜかルノアールを指定され、私が遅れて着くと業者のように椅子から起立して90度のお辞儀をしてくる。

会話がひと段落した頃、おそるおそる聞いてみた。

「あの、なぜルノアールで、なぜあのお辞儀……なんですか? これ、別に商談じゃないし」

「僕は……つまり、デキる感を出したいんですよ!

デキる起業家になりたいし、仕事相手として買ってくれるような人と出会いたい、そのためにはこのビジネスマンっぽさが信頼につながると思うんですよ、だってマックで100円のドリンク飲んで待ってるやつに仕事頼みたいと思いますか?」

そのルノアール代のために朝の5時からスーパーの野菜係としてバイトしてから学校に行くので、慢性的に睡眠不足だという。

「だけどスーパーで半分寝ながら野菜切ってるみたいな話は貧乏くさいからしたくないんですよ!」

「うーん、わかるようなわからないような……。私には、その努力家っぽい部分のほうが却って魅力的に見えるけどなあ」

その試みに効果があるのかはともかく、意味がないとは思わない。私が不思議ちゃんとしてデビューしてここでなら自分をやり直せる気がして行動をはじめたように、ここはみんなの「こうなりたい」という願望を試すための実験場なのかもしれない。そして、この中では誰もそのことを笑わない。自分も同じだと知っているから。

約束の時間が終わり、じゃあそろそろ、と席を立つと、「僕は少しここに残りますので」と言って、ルノアールの入口まで手ぶらでついてきて最敬礼で見送ってくれた。

 

ここには、「どこかへ行く途中」の人が多いように感じた。たとえば仕事に満足していて、家庭や恋愛もいい状態が保たれていて、このままでいたい、満たされている、という人とはここでは出会わない。仕事をやめたばかりだったり、起業や転職という人生の転機を迎えようとしていたり、今の自分の状況に違和感があって何かを変えなければと思っていたり。みんなが不安定さを礼儀正しく交換し、少しだけ無防備になって寄り添ってるみたいな集まりだった。

と思ったけど、もしかしたら世界全体もほとんどそうだったりして?

 

田口さんには水野敬也の『美女と野獣の野獣になる方法』をお勧めした。いわゆる恋愛テクニックの指南書で全体にフザケ感の強い本だったが、ふざけて書けども書けども避けて通れない、著者の持つ異常なほどの真面目さがにじみ出て最後に爆発する名著だった。その真面目さが田口さんと似ていると思ったから、この本に出会ってほしい気がした。

 

 

それぞれの人生のダイジェストを30分で聞いて、こちらの人生のダイジェストを30分で伝えた。限られた時間の中でどこまで深く潜れるかにチャレンジするのは楽しかった。縄ばしごでするすると降りていって、湖の底に素潜りして一瞬握手してまた浮上してくるような時間には、特別な輝きがあった。お客さまのように「さあ早く面白い話をして楽しませてよ」とソファーにふんぞりかえっていられる立場にはなかった。自分がうまく引き出せなければ30分は何もないまま終わってしまう。無難な会話だけで終わって自分をさらけ出すこともできず、その人の核心にも触れられなかったと感じるときは悔いが残った。

 

 

 

 

うれしいメールをもらうことが増えた。

「お勧めいただいた『サラリーマン合気道』、読ませて頂きました。ガリガリ君が溶けこぼれる程、214ページを夢中に読み上げてしまい、今のタイミングで読んどいてよかった本でした。

箭内さんとコンプレックスが全く同じでニヤニヤしながら、いいんだ、ネガティブでもということに気づき、まるで合気道の師範代に思考の軸を崩された感覚でした。

選書ありがとうございました。面白かったです。」

石川さんは、お会いした中でも特に気が合うと感じた人のひとりだった。やはり仕事で次のステップに行こうとしているタイミングのところでお会いしたので、具体的な悩みを詳しくきいたわけではなかったが、会話の雰囲気から強い口調の自己啓発書ではなく、逆説的でやわらかいような思考で書かれた仕事の本がハマるように感じた。

こうしてことばで返してもらえることは、この時期大きな励みになった。

214ページって何が書いてあったんだっけ? とニヤニヤしながら自分の本棚からその本を取り出して読み返したりした。

 

うれしくない反響もあった。

 

藤沢さんは仙台に住んでいて、出張でときどき東京に来るときにCを利用しているという少し年上の男性だった。仕事のある次の日を休みにして東京をぶらぶらして帰るということだったので夜遅くでも、横浜でも大丈夫、ということだったので約束をした。

ところが約束した後になって、横浜の映画館でどうしても観たい映画のレイトショーがその日限定で上映されることを思い出した。が、約束を断るというのも悪いし、ついでだし、と思って、もし映画ご興味あれば一緒に観に行きませんか? とお誘いした。快諾してくれて、映画を観た後、軽くご飯を食べながら飲んだ。終電の時間は過ぎたが私はタクシーですぐ帰れるし、藤沢さんはネットカフェかなんかに泊まるから大丈夫、という。

夜の横浜は好きなので散歩しつつ、でもネットカフェ、週末だから空いてるかな?とふと心配になり、電話で確認してもらうとどこも空いてなさそうだ、という。土地勘もなさそうなので昔家無し時代に利用した石川町の簡易宿泊所の空きを調べ、そこに行けるように住所を教えてタクシーに乗せた。私も別のタクシーで帰った。特別なことをしたつもりはなかった。その後もお礼のメールや本を紹介するメールのやりとりをしたが、特別に盛り上がったということもない。

 

けれど、ある日突然。

「おひさしぶりです」というタイトルのメールが届いた。

 

「菜々子さんと過ごした横浜の夜は、なんだか僕にとって特別のもので……あのときのことも含めて、ちょっと文章を書いたんです。長いし、独りよがりでお恥ずかしいんですが、菜々子さんはたくさん本を読まれていると思うので、作品として、批評というか感想を伺うことはできませんでしょうか?」

もちろんこの時点で、嫌な予感はしていた。だがしかし、

「なんか嫌な予感がするのでいやです」

と断ることなどできるだろうか。そのときの私は嫌な予感を感じたことを隠すように、ほぼ反射的に軽い表現で

「えーなんだろ? たいしたこと言えないと思いますけど、私なんかでよければー」と送っていたし、今でもこのメールに対してのベストアンサーがわからない。

 

送られてきたのはその日の夜、私がタクシーに一緒に乗り込んで「寂しいんです。帰りたくない」と言って抱きつくところからスタートする、wordにして90ページ分のポルノ小説の大作だった。読めば読むほど吐き気がしたが、長く続く直接的な性描写よりも、私が先方の脛をなでて「すべすべで気持ちいい……」とうっとりしている、というような描写のほうがより一層ダメージをくらった。もしかして最後まで読んだら小説として面白くなるのかも? という、よくわからないスプーンひとさじの希望を胸に(というか怖いもの見たさで)息も絶え絶えに最後まで読んだが、最終的には私がその人の子どもを身ごもりシングルマザーとして子どもを産み、先方は別れを決意して心痛ませながらも家庭に帰る、という、2013年において最も陳腐といっても差し支えない結末で、小説としての読みどころも特になかった。

 

怒り、嫌悪、失望、胃液……いろんなものが込み上げたが「なぜ本を紹介しようとしただけでこんな目に遭わなければならないのだろう」という疑問と「なんでこれ送って大丈夫だと思ったんだろう」という疑問が頭をぐるぐるして止まらなかった。

私に非があるのだろうか? 好意を持っていると取られても仕方ないようなやりとりがどこかであっただろうか? もっとはっきりと拒絶の意思を示すべきだった? ……いや、っていうか、この自分の非を探して自分を責めてしまう感じ、レイプ被害者の思考回路みたいになってるし……自責スパイラルよくない。もちろん相手を犯罪者扱いするつもりもない。

誰かに好意を持つことや性的な対象として捉えることは完全に自由だ。でもそれを相手に伝えることはまったく別の問題のはずだ。私がこれを読んでどう思うと思ったのか。「ウフフ面白いですねードキドキしちゃいました☆」だったのか、それとも「小説としてこの部分は~」って始まると思ったのか。もしくは何も考えず、書きたいから書いて送りたいから送ったのか。そこに「私」はいないのかもしれない。

性的なことだからしんどいというのもあるけど、性の問題というよりはこのコミュニケーションの断絶っぷりに絶望を感じた。この気持ちを伝えるメールを本人に返す気には到底なれなかった。

私はそっとメールを閉じ、PCの電源を落として布団に突っ伏した。

少なくとも、もうCで人と会うのをやめようかな、と思わせるだけの打撃ではあった。

 

6話につづきます】

 

注:3話以降、実際にお会いした方のプライバシー保護のため、名前、職業、お会いした順番など一部を変えています。