第6話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)。出会い系サイトを通じて知らない人に会うことが日常になっていき、すすめた本に対するうれしい感想をもらえるようになって手応えを感じはじめた矢先、自分を主人公とした官能小説を送り付けられショックを受けた花田さん。本をすすめる活動の意義を問いながらも、その修行のおかげで「副作用」的な能力がついてきていることに気付きます。

※ この連載は全8回を予定しています (これまでのお話→第1話第2話第3話第4話第5話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

 

そもそも、みんな本なんて本当に読みたかったんだろうか。

振り返れば、Cを通じて会って本を紹介した相手は40人ほどにもなっていた。いい出会いもたくさんあったけど、「女と会えそうだから本読みたいとか言って応募してみよう」という人もいたのかもしれないのだ。

いや。だったら何だっていうんだ。こっちだって謎の修行のために利用させてもらっている立場じゃないか。紹介したからには興味持ってほしいな、読んでくれたらもっとうれしいな、とは思うけれど、そうじゃないことに文句を言う筋合いはない、と思い直す。だいたい、本、本、本、って、おまえは本の何なんだよ。本の親善大使か。

とりあえず修行は続けるけど、とらわれるのはやめよう。本はきっかけになってくれさえすればいいのかもしれない。

 

しかし実際に40人もの知らない人とタイマンで話すということを積み重ねると、そもそもの修行の目的(?)であった「本を知らない人に対しても勧められるようになる」ことが上達してくるだけでなく、別の「副作用」もだいぶ効いていた。「人と会う」ということのハードルがほぼゼロくらいに下がっていた。

この時期、生まれてはじめて「合コン」を経験した。相手の男性方の紳士的振る舞いに感動したり合コンの様式美に感動したり、いい経験になった反面、正直「4対4で話すなんて、どんだけぬるいんだ」と思うくらい戦闘力が仕上がってしまっていた。短時間で深い部分に斬り込まないことが時間の無駄に思えた。

だったら新宿駅の南口辺りでも歩いて、いいなと思った人に声をかけてお茶でもしたほうが生産的ではないか。もちろん多くの人がそれをしない理由はわかっている。声をかけても「なにこの人……宗教? アムウェイ? それとも高価な壺? 新手の風俗? 美人局? もしくは色情狂? それとももっと違うジャンルのヤバい人?」と怪しまれ、立ち止まってもらうことさえ難しいからだ。そう理解しながらも、「実際にやってみたら意外とけっこうイケるんじゃないの?」と思うくらいにはタガが外れていた。今思い返しても、「どうかしていた」という言葉以外では片づけられない精神状態だった。

実際に駅前で声をかけたりはしなかったが、その代わりにCからイモヅル式にできた友達が主催するイベントに行って、またそこで会った人がやってるオフ会に行って、そこで知り合った人のホームパーティーに呼ばれて………と無限に増殖していた。そこに知ってる人が誰もいなくても、何とかなった。

アウェイに乗り込むときのコツとしては、話しかけられそうな人を探してもいいが、すぐに見つからない場合はスマホなどをいじらずに、わかりやすく手持ちぶさたでポツンとすることだ。その場の中心的存在の人が声をかけてくれて仲間に入れてもらえることが多い。それから内輪のノリについていけないときも気にせず、無理になじもうとしなくてよい。いるのが苦しくなる。ほんとうに笑いたいときだけ笑おうと思っていると、いることがラクになる。

 

 

黒岩さんはそんな漂流の中で、はじめて自分から積極的に仲良くなるために「仕掛けた」男の人だ。たまたま行った50人ぐらいが集まるイベントの主催者で、場を和やかに仕切っていて、IT系なのに特有のチャラさがなくてかっこいいな、でも雲の上の人ってかんじだなあ、というのが第一印象だった。黒岩さんはときどきCにミーティングを登録していたので名前だけは見たことがあったのだが、こんな人だったのか。

「初めて来たんですけど、にぎわってますね」

「おかげさまで。ありがとうございます」

「私、Cをやっていて、その知り合いに教えてもらって今日ここに初めて来たんですけど、黒岩さんもときどき登録されてますよね? お会いしたいなあと思っていたんですが時間が合わなくて」

「あ、そうなんですか? そう、僕あんまりまじめにやってなくて。えーと、なんて名前でやってらっしゃるんですか?」

「菜々子です」

「えー見てみよう」

「その中で、私、会った人にその人に合いそうな本をおすすめする、っていうのをやってて」

「へえー! なんですかそれ、面白いですねえ」

その笑顔が本当なのか社交辞令なのかわからなかったが、とりあえずは覚えてもらえただろう。Facebookでつながったのでタイムラインを見てみると、本職の仕事とは別に、ときどき「童貞をこじらせて」的なブログを書いていてアップしていた。ライトな内容で楽しく読んで笑えるようなもので、はあ~やっぱりセンスのある人っていうのはどこまでもセンスがあるもんなんだなあと思った。

純粋にブログが面白かった、というのもあったが、さらなる進展のためにそのブログをひととおり読んで長文の感想メールを送った。

黒岩さんからの返信は好意的で、

「感想うれしいです! 普段改まって感想なんて言ってもらうことがないし、さすが本屋さんだからなのか文章がうまくて、自分が褒められてるのに『なるほどー』と思ってしまいました。

Cで菜々子さんのページ見てみましたが、けっこうたくさんやってるんですね。僕も機会があれば1冊おすすめしてほしいです」

というものだった。しめしめとばかりに

「今本をお勧めする修行中なんでよかったらぜひ紹介させてください。黒岩さんがよく登録されている火曜の14時~、高田馬場、というのは難しいのですが、来週だったら水曜と金曜が休みなので、渋谷新宿あたりまでなら出られます。昼でも夜でも大丈夫ですよ」

と送った。実際にその気がなければふんわり断ってもらいやすい誘い方だ。

するとすぐに、

「じゃあ水曜の18時新宿ってどうですか? その日その後はフリーなので」

と返信が来た。あ、これもしかしてごはん行けるかんじのパターン!

……こうして私は「逆ナンの術」を身につけた。

と言っても恋愛やセックスを目的として忍び寄ってるわけでもなく、ただ自分がいいなと思った人と積極的に仲良くなっていく、というあまりにもクリーンな動機のシンプルな行動なのだけど。知らなかったのだ。まだ仲良くもない赤の他人に、そんなふうにしていいということを。

 

黒岩さんとは無事(?)ごはんに行って、そこで話したことも楽しくて、ふつうに友達として仲良くなることができた。

仲良くなるって、簡単なんだなーとも思ったし、これってすごいことじゃないか、とも思った。

 

これを繰り返していけばもはや誰とでも友達になれるのでは……? もちろん芸能人とか作家とか、いわゆる一般のファンが多い人は難しいだろうし、私だって闇雲にアイドルやお笑い芸人と仲良くなりたいというわけでもない。

誰とでも会えるとしたら、誰とでも仲良くなれるかもしれないとしたら、私が世界でいちばん会いたい人って誰だろう。

ふと考えてみたら、迷わずに答えは出た。

私がこの世でいちばん好きな本屋、「ガケ書房」をやっている山下さんに会いたい。

 

ガケ書房には、20代の中頃、京都をひとりで旅しているときに出会った。

薄暗い小さな本屋で、他で聴いたことのないような日本語のアコースティックな音楽がかかっていた。そのときはもうヴィレッジヴァンガードで働き始めていたのでサブカルな本は珍しくもなかったけれど、サブカルなんていう概念を超えて、このお店で手に取る本はどれもが特別な輝きを放っていた。初めて見る本で自分が強く惹かれる本が何冊も見つかった。「自分のための店だ」と確信した。何時間でもいられそうだった。

それから何度も、と言っても年に1~2回が限度だったけれど、店に足を運ぶようになった。いつ行っても飽きたりがっかりすることはなかった。むしろ確信が強固になっていくばかりだった。いつでもここに来れば自分がゼロに戻れるようで、次第にガケ書房は自分の芯のような存在になっていった。

途中ヴィレッジヴァンガード内で京都への転勤があり、京都に1年半ほど住んでいた期間には頻繁に通った。それでも、お店の人に「いいお店ですね」などと話しかけることは到底無理だった。元々はそういう、緊張しがちで内向的な性格なのだ。お店の人と知り合いになりたいとすら思わなかった。雑誌のインタビューで見かけ、「この人が店長さん……山下さんっていう人なんだ」とは知ったが、映画監督か作家の記事でも読むように、憧れるだけで十分だった。

 

 

しかしこうして、なぜか突然ラスボス戦のときは来た。

意を決して山下さんにメールを書くことにした。

まずは自己紹介と、勝手なお願いだけど一度お会いしたい、30分でいいからお話できたらとてもうれしいです、ということ。

それから、はじめてガケ書房に行ったときのこと、そこで受けた衝撃、それから何回も何回も通っても、好きで、好きで、気持ちがまったく変わらないこと。お気に入りという以上の特別な共感と執念を持っていること――。

書けば書くほど言葉が上すべりしていくようで、どこかで聞いたことのあるような平凡な言葉になってしまっているような気がして、それは自分の気持ちをきちんと写し取ってくれていなかったし、ほんとうに好きなものに対しては言葉ってこんなにも効かないんだなあ、と思った。

黒岩さん含めて、今まで会った人はいわば「旅の恥はかき捨て」というような玉砕感があって、失敗しても失うものがなかったから大胆に行動できている面もあった。

ガケ書房はずっと自分の中で方位磁針みたいに大事にしてきたものだった。だから、山下さんに怪しい人と思われてガケ書房が遠ざかってしまったらつらい。でも、自分の気持ちはもうここまで来てしまった。今日まで山下さんとのあいだには、黒岩さんのように自然に仲良くなるチャンスなんて何もなかったのだから、不自然でもこうして近づく以外にはない。よくいるお店のファンでもいいし、頭おかしい人のメールでもいい。この気持ちが伝えられたことが終点になってもいいと覚悟を決めるしかない。

一発で決めたくて、まどろっこしいやりとりはしたくなかった。ときは5月末。

「6月の20日、21日にちょうど京都に旅行に行く予定があるのですが、もしご迷惑でなければ、どちらかの日でご都合のいいところはありませんか?勝手なお願いとわかっていますので、お忙しいようでしたらお断りいただいてかまいませんし、ご返信も不要です。もしお会いいただけるようであればご連絡ください。」

と最後に書いてメールを終わらせた。もちろん京都に旅行に行く予定などなかった。OKだったらただ行くだけだけど、こうして日にちを指定しないと「じゃあそのうちに」となってしまって遠のいてしまいそうだと思ってのことだった。そしてなぜこの日を指定したのかというと、6月20日は自分の誕生日だったからだ。恐ろしくも、山下さんと会うことを勝手に自分への誕生日プレゼントにしようと画策していたのであった……(この件は当然山下さんにも一生伝えることなく自分ひとりで墓場まで持っていくつもりだったし、恥ずかしすぎて今まで他の誰かにも話したことはない)。

 

そして1ヶ月後の6月20日、夜8時。

私は京都で、山下さんと会っていた。

 

山下さんがよく来るという小さなお店は素敵なのだけど気取らず、居心地がよくて、お店の人の体温が感じられるようで、どこかガケ書房に似ていた。

緊張して、喉と舌と顎が口の中で貼りついているみたいに感じた。

もし山下さんに「で、何の用なんですか?」と言われたら「いやほんとに用は何にもないんですすみません」というしかなかったのだけど、山下さんはやさしくて、まるで話をするのが当たり前の関係かのように、

「花田さんは……ヴィレッジヴァンガードでずっと働いてるんですよね。え、メールに書いてあったけど、京都にもいたことあったんですか? いつぐらい?」

と普通に話をはじめてくれたのでとてもありがたかった。

最初は気持ち悪いかんじの汗が額からボコボコ浮き出してきそうだったが、話しているうちにだんだんと地に足がついて自分が戻ってきた。話したいことも聞きたいこともたくさんあって、永遠に話していられそうな気がしたし、リラックスしてくると山下さんもふっと本音を聞かせてくれたり、昔の話やガケ書房を始めた頃の話を聞かせてくれて、気が抜けてたくさん笑ってしまった。

トイレに立った帰りに手を洗うと見慣れた自分の顔と鏡越しに目が合った。この今の状況がうれしい、というよりは不思議でしかなく、不思議ないきものと目が合ってしまったような、全然知らないとても遠くに来てしまったような気がした。

あっという間に閉店の時間になって、店にはもう私たちしかいなかった。山下さんは、それでも最後まで「そろそろ行きましょうか」と言わないでくれた。私ももったいなさすぎて、いつまでもその言葉を言えなかった。

 

山下さんは一度家に帰ってから自転車でここまで来てくれたらしく、帰り道の途中に私の宿泊先があるから、と自転車を押して宿まで送ってくれた。宿の前でお礼を言って別れ、遠くなっていく山下さんの自転車を見送った。

宿のベッドの中で、眠れるはずもなく、私は天井を見つめていた。遅れて届いた、叫びだしたくなるような幸福感を噛みしめ、気が付いたら布団をものすごい力で握りしめていた。

こんなすごいことがあるんだ。本当に叶うんだ。

もう普通の幸せはいらない。恋愛も結婚もいらない。お金も安定もいらない。何もいらない。ただ今日見た光を信じて生きていこう。

自分の求める幸せが何なのかはっきりわかった。そんな夜だった。

 

 

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注:3話以降、実際にお会いした方のプライバシー保護のため、名前、職業、お会いした順番など一部を変えています。