第7話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)。知らない人に本をすすめる修行を積んでいくうち、人に会うハードルが下がり、ついに出会い系を使わずに会いたい人に会いに行くようになった花田さん。「この世でいちばん好きな本屋」であるガケ書房山下さんと、なんと自分の誕生日に(!)約束を取りつけます。山下さんに会ったその夜、花田さんは自分の好きなものを信じる人生を歩もうと決意するのでした。

※ この連載は全8回を予定しています (これまでのお話→第1話第2話第3話第4話第5話第6話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

次第にCへアクセスする頻度が少なくなっていた。最初は驚きと緊張の連続で目に映るものすべてが新鮮だった「未知との遭遇」。一人ひとりの人は誰とも似てないし、それぞれの人が持っているストーリーは掛け値なく面白い。誰と会っても「つまらない時間だった」と思ったことはない。

ただ、人と会って本を紹介することに慣れ、同じことの繰り返しだと感じるようになっていた。人数が増えていくことは楽しかったし、漠然と「100人突破を目指す」とか思ったりもしたのだが、記録達成のために無理やり続けるのも違うと思った。

物理的に忙しくなっていたのもある。Cで出会った人によって広がった友人知人の輪に次々と顔を出しているせいでほとんどの休日が埋まってしまっていたし、さらには転職活動もはじめていた。

 

転職サイトはパッとしない求人ばかりだった。次は今よりもっと本に関われる仕事がいいけど、出版社の営業・編集はどこも経験者のみの採用。私の職歴から「オススメの求人」と表示されるのは「小売店店長」という現職のチェックを自動で拾ったチェーン飲食店の店長などばかりで、本と関係ない仕事には興味を持てなかった。

というわけで仕事で会う出版社の人などに片っ端から「実は転職しようと思ってて……どこか人を探してるところないですか?」と聞きまくるしかなかった。そして話が暗く終わらないように、

「というわけで仕事もパッとしないんで最近ちょっと出会い系で人に本を勧めるという変わった活動をしておりまして……」とセットでCのことを話すと、

「なんすかそれ(笑)!出会い系って!!」

とだいたいウケた。調子にのっていろんなところでこの話をするうちにあちこちで変わった人だと認知されるようになり

「今度○○さんという書店員の方といっしょに飲むんですがよかったら花田さんもどうですか?○○さんもすごく面白い方で、お店で独自のフェアをしたりフリーペーパーを作ったりしてるんですよ。きっと花田さんと気が合うと思いますよ!」

というようなお誘いをいただいたり、人を紹介してもらえることが増えた。

狭い世界から出たいと思ってはじめた活動だったけれど、近くて遠いところにどうやら「書店員ワールド」ともいうべき別の世界があったらしい。そちらの世界も一歩足を踏み入れてみればみんな個性豊かで、本を売ることに真剣な思いで取り組んでいる人がたくさんいた。

と、そんなCから繋がった各種コミュニティーの新しい世界と、出版・書店員業界という新しい世界、主にその二つの世界の「知らない人」たちと会う時間に押しやられ、さらに無関係な人との出会いをCで新規に増やしていくのは現実的に難しかったのだ。

 

・・・

 

横浜駅から徒歩10分とは思えない静まり返った住宅街の行き止まりに、ごく普通の2階建ての民家がある。今流行りのおしゃれなリノベーションとかではない、いちばんダサいかんじの、友達の実家みたいな家。そこが喫茶「へそまがり」だった。

コワーキングスペースTには相変わらず出入りして遊んでいたが、Tでのある日のイベントに店主さんが来ていて、なんと元ヴィレッジヴァンガードの人だった。そんなふうに知り合ったのがきっかけで、ときどきこの店にも遊びに行くようになった。

ここもまた、Cで出会ったIT系の人の軽やかな雰囲気とも、変わった書店員の人たちの雰囲気とも違う、第3の自由なワールドだった。店内は畳の部屋と古臭い座布団、そして壁回りには本棚にぎっしりと漫画が並び、その多くは醤油で煮しめたような色をしていたが、直筆のPOPがつけられていてどれもそそられたし、前から読みたかった漫画が見つかってうれしくなったりした。

ここでは漫画に没頭してもいいし、ファミコンをやってもいいし、飲んだくれてもいいし、店主や他のお客さんとしゃべったりしてもいい。何も調べずにふらっと立ち寄ると誰かが弾き語りのライブをやっていることも多かった。お客さんはだいたい貧乏人で、社会に適応できず、古本と、静かな呟きみたいな音楽を愛している人たちばかり。

夢みたいに居心地のいい場所だな、と思った。「ダメ人間でも生きてていいよ」と肯定してくれるような、私が入社した頃のヴィレッジヴァンガードみたいな空気があった。

 

 

ある日のこと。そこで客がプレゼンターとして店主に本をお勧めするイベントをやる、と言う。

「最近読みたい本がなくってさ。だからみんなが俺に、俺の好きそうな本を勧めてくれないかなーと思って。それで誰の勧める本がいちばん読みたくなったかっていうのを競う、という俺のためのイベントなんだけど」

「面白そう!私も勧めたい!」

プレゼンターは私を含めて4人。白楽で古本屋をやっているツイードさん、書店で働きながら文芸の同人誌を作っているソントンさん、それからこの頃「へそまがり」の2階に居候していたしんじくん。

ゆるいビブリオバトルのような形式で、店主以外にも何人か常連のお客さんも見に来てくれた。

 

 

私はここぞというときのとっておきの2冊で勝負することにした。

 

1冊目はラッタウット・ラープチャルーンサップというタイの作家による『観光』だ。内容が最高なのはもちろんだが、紹介映えする本でもある。

タイで、貧困の中に生きる人たちの日々を瑞々しく切り取った本当に美しい短編小説集で、悲しい話でも懸命に今を生きる人の姿がきらきらと心に残り、さわやかな希望を感じるような作品だ。海外文芸好きや本好きには高く評価されているがまだまだマイナーだし、「タイ発」というところが、海外文芸ぎらいにも海外文芸好きからも、新鮮にうつって興味を持ってもらいやすそうだ。初版の帯文で角田光代と江國香織がダブルで絶賛していたことや、この小説を書き上げたあと作者が消息不明になってしまったエピソードもいい。

 

2冊目はこちらも怪作として紹介のし甲斐がある本。現代美術家の会田誠さんの『青春と変態』という小説だ。こちらは『観光』と違って読者を選ぶが、この場ならクリアしているだろう。

会田さんの実話と思わせるような仕掛けを施しながら高校生時代のスキー合宿のことが綴られていく。が、そこに書かれるのはどんなさわやかな恋愛も吹き飛ばすようなスカトロ嗜好というか、恋する相手の排泄する姿を覗き見たいという欲望である。私自身そういう性的趣向には興味がないどころかそこで読むのをやめたくなったほどなのだが、なぜか明るさと面白さがあって、つい読み進めてしまう。ラストにはミステリのようなどんでん返しの仕掛けもあり、言いようのない感動がある。ほんとうに天才としか言いようのない、唯一無二の素晴らしい小説なのだ。

 

 

他の人たちもそれぞれに、店主が今読むにふさわしいと思われる本を熱を持ってプレゼンする。どれも引き込まれるような紹介で、お世辞でなくどの本もすぐに読んでみたいと思ったし、他の人も同じことを感じたようだ。

私が勧めた『青春と変態』は見事店主の「読んでみたい本グランプリ」に選ばれ、会は終了したが、その後もみんなで車座になっておしゃべりしていた。

「ほんと面白かった。人の本のおすすめを聞くのっていいですね」

「なんか、またやりたいですよね」

「そしたら、今日みたいなかんじでお客さんを呼んで、ひとりずつのお客さんに対して、その人の読書傾向とか悩みに対してみんなでよってたかって本を勧めるってイベントはどうですか?」

私が提案すると、今日の参加者のソントンさんとツイードさんが賛同してくれた。

「できるかなあ。でも面白そうですね!」

「じゃあ、ちょうど冬でお店にこたつが出てるから、こたつの三方に我々が座って、ゲストの人に最後の席に座ってもらって」

「一人ずつ順番に呼ぶ感じですよね。お医者さんみたいな?カルテとか作ったりして」

というわけで、言い出しっぺの自分が主催でイベントをやることになった。身内みたいなものとはいえ、イベントを主催して、お金を払ってもらって、お客さんを呼ぶ……なんて、1年前の自分にはまったく考えられなかったことだ。

お客さん、来るのかなあ。ここのお客さんみたいな濃い人たちに、満足してもらえるような本の紹介ができるだろうか?不安もあったけれど、こたつで、3対1で本を紹介するなんてイベントは見たことがない。想像するだけでワクワクした。

イベントの告知をはじめると、へそまがりの常連さんやTの友達の何人かが参加表明をしてくれてほっとした。お客さんゼロだったらやっぱりつらいから、事前に「行くよ」と言ってくれる人の気持ちがほんとうにありがたかった。

 

 

イベント前夜のことだった。

携帯電話に、父親からの着信が残っていた。胸騒ぎがした。普段はショートメールのやりとりをするくらいで、ほとんど連絡は取らない。慌ててかけ直した。

「ああ、菜々子?ありがとね、電話折り返してくれて。……さっきね、じいちゃん……亡くなったから」

「ああ……うん」

祖父の状態が良くないことはわかっていた。一週間ほど前にお見舞いに行ったときは、もうずっと眠っているようで、会話することはできなかった。会話できなくても聞こえていることがある、という話をきいたことがあったのでなるべく大きい声で「じいちゃん、また飲みに行こうね!」と言って帰ってきたのが最後になった。

「それで明日お通夜になったから。帰ってこれる?」

「明日……。明日…………は……ちょっと………ちょっと、用があって」

《祖父の通夜》に対して、イベント、という明るくふざけた楽しそうな単語は、さすがに口にするのが憚られた。が、しかし、祖父の通夜に対して「ちょっと用」も随分な言い方ではある。ありえないだろう。しかも遠方に住んでいるわけでもなく、電車で一時間もあれば帰れる距離だ。

父親は諦めてるのか、絶句してるのか、どう思ったのかはわからなかったが

「そう……まあ、任せるよ」

と言って電話を終えた。

 

心の整理もつかないまま、あとの二人にメッセージを送る。

「実は今日祖父がなくなってしまって、明日お通夜ということなんです。どうしよう!延期するべき?でももう来てくれると言ってる人もいるのに延期なんて……」

二人とも極めてやさしく、

「本当にどちらでも大丈夫ですよ。延期しても、お客さんもわかってくれると思うし、また来てくれると思うし」

「無理せず、花田さんの気持ちを最優先にしてください」

と返信をくれた。心のこもった言葉に泣きそうになった。

 

大好きだった祖父。真面目な両親のあいだに生まれ真面目な家庭で育った私は、同じ家の中で祖父だけが同じ不真面目派の味方だった。お酒が大好きで、大学時代は家に帰る終電でよくばったり会った。他の家族からは、

「なんであの二人は毎日のように終電で帰ってくるのか。そんなに外をほっつき歩いてて何が楽しいのか」と呆れられていた。大人になってからいっしょに出かけることなんてなかったから、駅から家までの短い距離を、共犯者みたいな気持ちでちょっと酔っぱらって二人で歩く時間は不思議な、おだやかな時間だった。

祖父は浅草の老舗「神谷バー」で顔と名前を覚えてもらっている常連なのだ、というのが自慢で、そんな祖父に子どもの頃から何百回も聞かされたのが「菜々ちゃんが大人になったら、菜々ちゃんのボーイフレンドと三人で神谷バーに飲みに行きたいなあ。でも大人になったら『こんなジジイと飲みに行くなんてやだよ!』って言われちゃうんだろうなあ」という夢(とそれが叶わないことへの心配)だった。そのたびに「そんなこと言わないよ。20歳になったら連れてってね。彼氏を紹介するからさ」と私も何百回も繰り返した。

いつでもできそうなことは後回しにしてしまいがちだけど、この件に関しては早い時期に実現させておいたこと、ほんとうによかったと思う。もし実現していなかったら一生後悔しただろう。でももっと、何回でも、二人でも、たくさん行っておけばよかった。

 

 

 

やるべきか。やめるべきか。ほんとうにお通夜に行かなくていいのか。

悩みに悩んだが、最終的に、不良仲間の祖父が最後に「二択で悩んだときは自由な生き方のほうを選択しろ」というメッセージをくれたのだろうと都合よく解釈することにした。祖父ならきっとお通夜を欠席して初めてのイベントをやる自分の背中を押してくれるに違いない。認知症だった祖父はもう記憶にないかもしれないけど、私たちは自由同盟を結んだ仲じゃないか。いや、そんな同盟の記憶は私にもなかったが。ジジイ、悪いが屍超えさせてもらうぞ。

 

「やっぱり予定通りやります。お騒がせしてすみませんでした」

そんなふうにバタバタに。

なぜか「自由に生きる」という謎の決意を固めて臨むことになった、人生初の主催イベントの幕開けだった。

 

 

 

<特別おまけページ!>

このイベントの実際の様子の一部をお読みいただけます。こちらをクリック

 

 

【最終回の更新は、11/25(土)を予定しています】

 

注:3話以降、実際にお会いした方のプライバシー保護のため、名前、職業、お会いした順番など一部を変えています。