最終話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!偶然知ったマッチングサイトで、「一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」とプロフィールに掲げ、知り合った人に本をすすめ続けた日々をつづったまさかの実話(!)も今回でついに最終話。人生初のイベント開催前夜に祖父が亡くなったとの報せを受け、イベントを行うべきか、中止して祖父の通夜に出るべきか悩む花田さん。このタイミングでの死を、真面目な家庭で唯一の不良仲間だった祖父からの「二択で悩んだときは自由な生き方のほうを選択しろ」というメッセージだと解釈し、イベント開催の道を選択しました。

※ これまでのお話→第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話

ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

イベント「3人でよってたかって本をすすめる会」は15人もお客さんが来てくれて、私たちはこたつにお客さん一人ずつを呼び、話をきいて片っ端からイベント名どおり本を勧めまくった。途中で別のお客さんが乱入してきたり、別のこたつでお客さん同士で飲みながら本トークをしたりして雰囲気は和やか。私たちは緊張も手伝っていつもより若干ハイテンションで3時間しゃべり通した。燃え尽き、白い灰になってしまいそうだった。隣の二人もぐったりと灰化しているのを気配で感じた。

最後まで残ってくれていた人たちを出口でお見送りする。みのりさんと目が合い、思わず声をかけた。本当にいろいろな本をよく知っていて、みのりさんのためになるような本の紹介があまりできなかったのがちょっと心に引っかかっていた。

「みのりさん、あの。……なんかあんまり知らない本紹介できなくて、すみませんでした」

「いえいえ。今日はすっごい楽しかった。うん、ほんとに楽しかったです」

「え、そうですか?てっきりお役に立てなかったかと……」

「本は大好きなんですけど、ふだんわかってくれる人まわりにいなくて。こんなに本のタイトルたくさん出して、こんなにいっぱい本の話したのってはじめてでうれしかったです」

それは予想外の感想で、ずっと心に残った。

 

今まで人に本を紹介する、ということを少し上から目線でとらえていたのかもしれない、と思う。

本の知識と、相手を分析して見通す力はどちらも本を紹介する上でもちろん必須のものだし、自分の持てる力をすべて使って本を紹介してきた。「知識はないですがその分気持ちでがんばります」というのは甘えているし、力不足、知識不足を感じて悔しく思うことは一度や二度ではなかった。でもそれだけでもまだ足りない。

 

上から目線で「知らない人に教えてやる」ことが本をお勧めすることだとしたら、自分より知識がある人に対して、自分の存在価値はない。自分がしようとしてたのは多分そういう種類のことじゃない。

この活動をしていた時期、他のプロたちが「どう」本を紹介しているのかが気になって雑誌の書評もそんな目で見ていた。有名な書店員が本を紹介するページを見てがっかりしたことがある。本のスペックだけが語られ、内容についても文庫の裏表紙かAmazonに書いてありそうな通りいっぺんの説明だけ。その人の肉声も、その本の魅力もまったくその人によって語られていないと思った。知識量はあるのだろうし、書評のページではときに書店員は黒子になることも必要かもしれないが、このページの中で、誰かに本の魅力を伝えようとしたのだろうか?

書評が死んでる、と思った。

 

もうひとつずっと気にかけていたことがある。Cで紹介した本を結局読まなかった人たちのことだ。Cを通じて50~60人くらいに会ったけれど、全員が勧めた本をわざわざ買って読んだとは思えなかった。体感として半分行ってるか行ってないかくらいだと思う。だけど、だとしたら読まなかった人に私の紹介は役に立たなかったことになるだろうか。私はそれでも私の紹介と、その本がその人の役に立ってほしかった。

それで編み出したのが、「あなたがすてき」+「この本すてき」=「すてきなあなただからすてきなこの本がおすすめです」作戦だった。

 

都会のデパートやブランド店のいちばん目立つ場所にすてきに輝くドレスがディスプレイされていたとして。ふと通りかかって目がとまり「綺麗なドレスだなあ」と思ったときに、いっしょに歩いてた友人や恋人が立ち止まり、「あなたに似合いそうだね」と言ってくれたら、やっぱりうれしいんじゃないだろうか。その場では照れて「こんな高い服着ていくとこないよ」とか「私この服の倍くらいウエストあるもん」とか言ってしまったとしても、その人が自分をすてきだと思ってくれているからの言葉だと感じ、少し幸せな気持ちになるだろう。

このドレスを自分が着ることがなくても、そうして誰かが「あなたはこのドレスが似合うすてきな人だよ」と言ってくれたらそのドレスはガラスの内側に存在しただけで私に価値をもたらしてくれる。同じことを本でやればいいのだと思った。

 

「お話をきいて、○○さんは仕事を通じて他人を幸せにしようとしている人、部下やお客さんのために心から考え抜き、ベストを尽くして走り続けている人なのだと感じました。そんな○○さんにおすすめしたいのが○○○○という本で、この本はきっと○○さんが仕事に悩んだり、つらいなと感じた時にかならず寄り添って支えてくれると思います」

だから、経験を重ねていくうちにこんなふうに本を紹介していくようになった。まず、その人の魅力を語る。感じた魅力と紹介する本をことばでつなぐ。その本がその人に何をもたらしてくれるかを伝える。

そうすれば「まだ読まれていない本」もその人のいつかのためのお守りになってくれる気がした。買ってくれなくてもいいし、もし買ってくれてときどき目に映っていたらもっといい。

「つらくなったとき、あの本を読めばそれはすてきな俺をすてきな俺でいさせてくれるものであるらしい」とその人が心の片隅にでも留めてくれたなら、私もその人の前に現れ、この活動をさせてもらった価値がやっと発生するというものだ。

 

 

へそまがりのイベントはバカ騒ぎばかりで、そんな立派なお偉いことがどれだけできたのかというと自分でもあまりのできてなさに恥ずかしくなるばかりだけど。

ハイテンションでしゃべり尽くしたゆえの疲労感もあったけれど、もう十分にやりきったという気持ちでいっぱいだった。前から決めていたわけではなかったが、知らない人に会って本を勧めるっていうのはこれで一旦終わりにしよう、と自然に思えた。それは5キロ走ったから今日はもうこれで終わりにしようかな、というのに似た爽やかさだった。

 

 

・・・・・・

 

 

2月にしてはだいぶ暖かい、春のような日。

横浜市西区は都会のくせに区役所がどの駅からも遠いのが不便で困る。

転出届を出す。転職が決まり、次の勤務先の近くに引っ越すためだ。

本来なら引っ越してしまえば何の所縁もなくなってしまういっときの場所のはずが、横浜在住中に離婚したために自分の本籍地になってしまっていた。実家のある場所に移すのが無難なのかもしれないが、記念にしたいから横浜のままにしておく。

また何かあれば戸部駅からダラダラと歩いて来なければならないのだが、まあそれもよし。

引っ越し業者が来るのが15時。あと3時間……。まずい。急いで荷づくりを終わらせなくては。慌ただしく家に帰って一夜漬けの梱包作業に取り掛かるがまったく15時までに片付く気配がない。そこへ近所に住む鉄さんからメッセージが届く。

「昨日本棚に入ってた本で気になった本があるんだけど、もう箱の中かな?それなら全然いいんだけど、本返しに行くついでにまた借りれたらと思って。返すのは新しい勤務先まで出向きますので」

引っ越しの前日まで、鉄さんを含むTの友人たちが連日遊びに来てくれていた。闇鍋をやったり、マリオカートをやったり。退職と引っ越しが決まってからの、期間限定の夏休みのような日々だった。大人の彼らは小学生時代のチャイムのように夜中12時を過ぎるのを目安に帰っていった。信頼している人たちが日常的に遊びに来て、どんどん家に慣れて勝手に冷蔵庫を使ったり勝手に人の本棚の整理を始めるような毎日は楽しすぎた。彼らが帰って部屋がしんとするとどっとさみしさが押し寄せるが、そんなさみしさを味わうのもまた楽しかった。

というわけで鉄さんには申し訳ないが騙し討ちだ。

「その本あげるんで今から取りに来てください!!」

のこのことやってきた鉄さんは結局荷づくりに参加させられるどころか、引っ越し業者が来てからもゴミ出し、掃除機かけなどやるはめになり、引っ越し業者からもこの部屋の住人と信じ込まれて「これは新居に運ぶんでしたっけ?捨てるんでしたっけ?」と聞かれたりしていた。

そして最終的に解放される頃には日が落ちかけ、空がオレンジ色になっていた。

「おかしい……。本を借りに来ただけなのにもうこんな時間とは……」

最後に楽しい思い出がまたひとつ増えた。

 

考えてみれば、今まで転勤続きで「地元の友達」なんていたことがなかったから、引っ越しに誰か友達がいてくれることも当然なかった。なんで私、横浜に友達がたくさんできたんだっけ?と思い起こせば、いや、そもそもきっかけとしてはCから派生している友達だったと気づく。

もちろんCがなくても作ろうと思ったら地元に友達はできたのかもしれないけど。それまではそんな発想すらなかったんだもんなあ、と思うと不思議だ。どっちが本当の私なんだろう?人見知りな性格も嘘じゃないはずなのに。

横浜は縁ができすぎてしまって、今まで去った街と違って、これで最後になるとはまったく思えなかった。

 

交差点で、土下座したいくらいの気持ちとともに何度もお礼を言って鉄さんと別れる。

「本ありがとう。また新しい職場にも遊びに行くからね」

「私もまた、すぐ遊びに帰ってくると思う!横浜はなんか地元みたいだよ。ほんとにありがとう」

 

 

 

新しいマンションへの搬入作業が終わったのはもうあたりも真っ暗になった頃。すぐ使う日用品を箱から出したり、無理やりスペースを空けて今日の寝場所を作ったりしていたらあっという間に23時を過ぎていた。

空腹なことに気づいて、お財布だけ持って知らない夜の街に出る。どこに何があるのかわからなすぎて思わず笑ってしまった。小さな橋を渡りふらふらと大通りに辿り着くと名前も聞いたことのないファミレスがぽつんと建っていたので、営業時間を確認して中に入る。こんな時間だというのに、カップルや学生のグループ何組かが楽しそうにごはんを食べたりしゃべったりしていた。

注文をすませ、窓の外に目をやる。

見慣れない色の空っぽのバスが何台も目の前を通り過ぎていく。新しい街に来たんだな、これからはこのバスに乗って生活したりするのかな、と想像する。

 

深夜のファミレスはいつでも宇宙船のようだ。どんな気分のときもやさしく夜を遊泳させてくれる。

1年前、居られる場所がなくてファミレスで絶望していたあの日。楽しいことなんて何もないように思えた。そこから小さな旗を握りしめて川をのぞき込もうと身を乗り出した私は、転がって、ただ大きな流れに流されるように、流れて、流れて、気がついたらこんなところに打ち上げられていた。そしてもう前にいた場所のことは思い出せない。女はすぐに過去を捨てて残酷だというけれど、私もきっとそうで、結婚のことを思い出して感傷的に涙を流すことももうなかったし、この特別な、大切な1年のこともきっといつか忘れてしまうのだろう。

この疾走感だけが自分にとって自分の生きていることの証明なのだろうか。だとしたら悲しい。だから人の人生に一瞬でも関わって、その人の中に存在させてほしいとめちゃくちゃな強さで思うのかもしれない。

「お待たせしました」

とりとめない考え事を遮って料理が運ばれてくる。できたてのいいにおいが鼻をかすめた。

 

 

また今日から何かが始まるのだ。これからもどんどん流されてどこかへ行き続けるのだろうか。ならばどこまでも流れていって見てやろう。行けるいちばん遠くまで。

 

 

 

【終わり】

 

 

※ お知らせ1

花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった一年間のこと』

書籍化が決定しました!河出書房新社より、2018年春に発売予定です。

WEBでは読めないエピソードも収録されます。お楽しみに!

※ お知らせ2

12/29(金)昼に新宿ネイキッドロフトで開催予定の「WEBmagazine温度の忘年会(仮)」に花田菜々子さんが登場します!

7話に登場する「3人でよってたかって本をすすめる会。」のようなことを、花田さん、いか文庫粕川ゆきさん、WEBmagazine温度の碇でやってみる予定です。

12/29はほかの企画&出演者も調整中ですので、詳細は追って!