余白おじさんのつくる「新城劇場」ってなに?

西田卓司さんという人がいます。

 

西田さんのことを説明するのはなかなかむずかしく、私が知っているエピソードを挙げると、大学を卒業してから就職はせずに畑をやっていたり、自分が読んで感動した本の出版社に「この本をもっといろんな人に読んでほしいからぼくに営業をさせてください!」と直談判し完全出来高制の営業マンになったり、白衣姿で人の悩みを聞いてその人の読むべき本を処方したり。

 

 

写真右から二番目で笑っているのが西田さん

 

プロジェクトの名前も独特で、『ツルハシブックス』(新潟・2011.3〜2016.11 現在復活準備中)、『暗やみ本屋ハックツ』(東京)、『つながる米屋 コメタク』(新潟)、『こめつぶ本屋』(大阪)、『ちいさな本屋  こっそりー』(移動式本屋)など、聞いただけでは内容がわからない上、ふざけているのか真面目にやっているのかもよくわかりないものばかり。

 

しかし、西田さんがひとりでこんなに多くのプロジェクトを生んだのでしょうか?

 

「いやいや、ぼくはひとりではなんにもできないんです。ぼくにできるのは、かわいい女の子と仲良くすることくらい(笑)。」

 

うーん、全然納得できません。
ではどのように、西田さんはプロジェクトをうみ、育てているのでしょうか。

 

その謎を解くヒントは、西田さんが新たに仕掛けた『新城劇場~屋台のある本屋』にあるかも?
これまたサブタイトルに「本屋」とついてはいるものの、きっと普通にイメージする本屋さんとは大きく違うはず。

 

どんな場所なのか見に行ってきました。

 

 

 

 

 

神奈川県川崎市中原区上新城にある新城劇場は、JR南武線武蔵新城駅北口からなんと徒歩30秒という好立地にあります。元々は不動産屋さんだった場所を改装し、今年4月にOPENしたそうです。このビルのオーナーである石井秀和さんが、知人を介して西田さんと出会い意気投合したことからこのプロジェクトが始まりました。

 

「屋台のある本屋」というサブタイトルの通り、約10坪の店内には4つの手作り屋台があり、そこには西田さんをはじめ数人の出店者の本が並べられています。

 

 

このお店の特徴のひとつは、いわゆる社員やアルバイトスタッフがいないこと。店員は月額3,000円を払って運営に参加し、店番やイベント企画、屋台の組み立てなどに携わります。お金を払って店員になるって、普通とはまったく逆の発想ですがこれはいかに…。しかも、いわゆる店員さんのことをここでは「ヤクシャ」と呼ぶようですが、これまたどういうことなのでしょう。

 

「入口としては”本屋”なんだけど、本の売り買いだけではない関係が生まれる場を目指したいんですよ。”店員―お客さん”という関係を超えて、この場においてはすべての人が”共演者”となるようにしたい。だから”劇場”であり、“ヤクシャ”なんです。」

 

今年3月に看護師の仕事を辞めた加賀谷真希さんは、次になにをするか考える時間の使い道として、新城劇場のヤクシャとなることを選びました。

 

「これまでの仕事は当然失敗が許されないもの。でも、ここは安心して失敗できる場所。やってみたいことを試すことのできる、自分の居場所だと感じています。」

 

この場所を地元の高校生が部活代わりに商いをする場にすることが今の目標とのことで、学びや出会いというお金以外の価値を提供したいという思いを強く感じました。しかし、なぜ西田さんはお金以外の価値や、出会いの場の提供に力を入れているのでしょうか。

 

「以前、あるきっかけで不登校の男の子の家庭教師をしていたんです。その頃のぼくは9ヶ月勤めた地ビール会社を辞めたばかりで無職だったんだけど、最初は全く何もしゃべってくれなかったその子が、ぼくと接していくなかでどんどん話してくれるようになって。いまから思うと、一緒に悩む、っていうのは自分にとっても、よい時間だったのではないかなあと思うんですよね。」

 

その経験から西田さんは、10代の人たちが多様な大人に出会う場を仕掛けていくことになります。そのひとつがツルハシブックスであり、本の処方箋であり、ここ新城劇場なのです。

 

6月には近隣の10代が気軽に店内に入るための仕掛けづくりとして、『暗やみ本屋ハックツ』(地域の大人から寄贈された「10代のうちに読んでおきたい!」本を19歳以下の若者だけが手に入れることができる古本屋。すべての本は100円で販売)を新城劇場内にOPENさせました。店員さんと地域の小学生が一緒になって工事を行ったようです。

 

「だれかにとっての第三の大人になりたい」と語るのは、ヤクシャのひとりである野島萌子さん。

 

「若い人たちが先生でも親でもない大人に会う機会はあまりないなか、新城劇場がそういう場をつくることで、もしかしたら自分がだれかにとってそういう存在になれるかもしれないし、本がその役割を果たすかもしれない」と考え、自分も選書をできるようになろうと思い立ち、加賀谷さんと一緒に本にまつわる活動を行う「Book Doctor’s」というユニットを結成しました。

 

「わたしはヤクシャのひとりであるとはいえ、西田さんが考えた空間、選書を楽しむ受け手側である意識を持っていた気がします。それが徐々に、楽しみを人に伝える側になりたいと思うようになっていったんです。それは西田さんからなにか言われたというわけではなく、ヤクシャ同士のミーティングを重ねるうちにそうなっていったのかな、と思っています。」

 

この「Book Doctor’s」のほかにも、お店のイベントレポートやヤクシャの声を載せた「劇場通信」の発行、店内ラジオブースの作成、武蔵新城の街歩きイベント企画…などと、それぞれのヤクシャたちが自発的に企画を立ち上げているそうです。

 

ブックカバーとしても使えるという「劇場通信」

 

西田さんは、人に何かを望まず、否定もせず、いつもただ笑っています。

 

将来に悩む若者と接していれば、ともすると「信者ビジネス」のようなこともできそうですが、決してそれをしません。
カリスマになることを望まず、なにかを教えず、あくまでも人とフラットに接し、いまその時間を一緒に過ごすだけ。

 

それなのに、ヤクシャのみなさんは自発的に企画を生んでいる…。
西田さんはなんにも指示しないのに…。

 

…はっ、それこそがたくさんのプロジェクトをうむコツでは!

 

「あはは~そうかもね~~どうなんだろうね(笑)」

 

と、相変わらず肩の力の抜けた西田さんは、いるだけでそこに余白を生む人で、
その余白になにを書くかは、そこにいるそれぞれの人の自由、というスタンスなのかも?と思えてきました。

 

「なんだか西田さんは、余白おじさんって感じですね。」
と告げると、

 

「あ~いいね、それ~(笑)」

 

と乗ってくれたので、この日から西田さんは自他とも認める余白おじさんとなりました。

 

そんな余白おじさんが生んだ空間に人が集まり、集まった人たちが自分で企画を生んでいく様子に触れて、誰かになにかを教わらなくても、「ここにいていい」と思える場があれば、人は自然にいろんなことを始められるのかもしれないと感じたのでした。

 

 

新城劇場
住所 川崎市中原区上新城2丁目9−1
営業 不定期(facebookをご覧下さい)
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