韓国では1980年代生まれの比較的若い世代が、自力で本屋を始めるケースが増えていると言います。今年6月に発売された『本の未来を探す旅 ソウル』(朝日出版社)は、その活動の中心人物たちへのロングインタビューをまとめた一冊ですが、その著者である内沼晋太郎さんと綾女欣伸さんが、ソウル現地へ知人らを引き連れたツアーを企画。そのツアーに参加されたタバブックス代表・宮川真紀さんに、現地の様子を前編・後編に分けてレポートしていただきます!(前編はこちら)
ソウル2日目は、日本人夫婦が移住して始めた「雨乃日珈琲店」から。オーナーの清水博之さんは韓国のあちこちに建つタワーや珍スポットを取材するライターさんで、『韓国タワー探求生活』という本を韓国語で書いて出版したそうです。お店の看板は書家である奥様作、いただいたプリンもご夫妻の手作り。語学ができて得意分野があると、あんがいどこででも生きていけるのかも、と勝手に勇気付けられました。
そこから歩いてすぐ、昨年出来たばかりの「京義線ブックストリート」があります。廃線跡地、本をテーマにした公園にしたもので、遊歩道に本の販売や展示をするコンテナのようなブースが並んでいます。運営は韓国の出版組合とのことで、いわゆる大手が絡んだ再開発、成果はこれからでしょう。
ここからがーっと本屋さん巡りです。まずは「サジョギン・ブックショップ」は、かわいらしくリノベーションされ、本や雑貨がきれいにレイアウトされた、普通のセレクト本屋さんという印象ですが、よく見るとふせんがみっちり貼ってあったり、書き込みがある本が。むむ?こちらはあまり普通じゃなく、オーナーのジョン・ジヘさんがカウンセリングで本をすすめるサービスをするために作った本屋さんなのだそうです。昨日訪問した「サンクスブックス」に勤務ののち、ブックコーディネイトなどの仕事しながら、日本の書店を多数訪問し、この店を開くまでわずか9ヶ月だとか。日本の5倍くらいのスピード感、くらいでは? 軸となるカウンセリングは1対1でたっぷり1時間、「店内の本棚から3冊選んでもらい、なぜその本を選んだか聞いたり、独自のチャートを元に20分質問して…」と細かく説明してくれて、思わずメモをとりました。つまり、ワクワクするシステム。詳細は割愛しますが、韓国の流通事情、出版社側の柔軟さなどがあって可能になっているのだなと思いました。事業は順調で、ジョンさん以外にカウンセラーを二人増やして予約に対応しているそうですが、真似をするところも出てきたとか。本でおもしろいことはまだまだできますね、それもすぐに。
興奮を引きずりながら次に向かったのは、「ザ・ブック・ソサエティ」。写真集、美術書中心の書店で、2010年オープンと独立系の書店としては老舗とのことで点数も種類も豊富です。韓国で見る本はソフトカバー、カバー帯なしが多く、価格が日本より2〜3割安い印象で、アートブックも高価本ばかりではない気がしました。気づくと同行したデザイン誌編集長がバカ買いしていましたし。続いて、歩いて数分のところにある出版社「ワークルームプレス」へ。デザインスタジオとしてスタート、今でもデザインの仕事を受けながら、出版社として本を多数出版しているそうです。編集長のパク・ファルソンさんが書架から次々本を出して説明してくれましたが、大判のアート雑誌、海外文学全集のシリーズ、グラフィックノベル、進行中の日本人デザイナーの評伝など、多岐にわたっています。デザインスタジオから文芸書というのが意外でしたが、海外文学に強い編集者が入社したからだそう。そして今度また別の分野が専門の人が入るから、その関連の本を出すそうで、そりゃそうだよね!というわかりやすさです。「売れないですけどね」とぼやくパクさんですが、どこにもないものを出している強みをビシバシ感じましたよ。
夕暮れの中、おしゃれエリアで知られるカンナムの「PARRK」にすべりこみ。スタイリッシュな建物の、1、2階がインテリアや雑貨の店、3階に書店がありました。これまで見てきた書店とちがい、料理やライフスタイルなどの実用系が充実しているようでした。入り口に飲み物を置く台があって、コーヒーを飲みながらふらっと訪れる書店なんでしょうね。その上の階には植栽が存在感ある開放的なカフェ、店のある通りにもオープンエアのカフェやレストラン。ソウルの文化的スノッブエリアの空気を吸って2日目は終了です(夜の部は略)。
最終日も駆け回りました。「ウィットンシニカル」は詩集の専門書店、音楽レーベルが運営するカフェとセレクトショップの一角にあります。店主のユ・ヒギョンさんご自身も詩人とのことで、大阪のブックフェアに出店した時に作ったという小さい詩集をプレゼントしてくれました。凝った造りで可愛い封筒に入って、モノとして素敵。店内にも、オリジナルのグッズがいろいろ置いてあるのですが、大手ネット書店「イエス24」とのコラボレーションで作ったものもあるとか。珍しい詩の専門店という話題性、ユさんにとってみれば店の宣伝になる、ということでコラボ商品が生まれたそう。訪問した書店どこでもノベルティらしきグッズをよく見かけ、ネットでもリアル書店でも、購入特典のグッズがデフォルトになっているようです。
そこから近いミステリー専門店「ミステリーユニオン」へは、ユさんが案内してくれました。我々一行8人入るとぎゅうぎゅうの店内、壁の2面にミステリーがズラーッ。宮部みゆきの時代物のシリーズも揃っていて充実ぶりがうかがえます。口コミでミステリー好きが集まり読書会をしているとか。店主のユ・スヨンさん、夫さんはひとり出版社だと後から知りました。めちゃかっこいい夫婦ですね。
ラストスパートで、韓国最大書店「教保文庫」の新店舗、ネット書店「アラジン」中古書店へ。「教保文庫」は大型総合書店ですが、訪れた合井店は雑誌やアートブック、実用書、CD、文具などが並び椅子やソファーもたくさんある、ブックカフェ的な店舗。こういう店も増えていくのでしょう。
アラジンの中古書店は、新刊をおよそ半額で販売、、広いフロアはジャンルごとに並び、検索システムも、カフェもありました。入ってすぐには前述したようなオリジナルグッズが売られていました。ノベルティ、だよね…?いや、たくましいということでしょう。ちなみに、韓国ではいわゆる日本の再販制度(定価制度)はなく、図書定価制という割引の制限があり、価格の10%+ポイント5%で最大15%の値引きが可能で、さらなる特典がグッズとなっているとのことです。そこも競争ポイントなのか、デザイン性が高い、欲しくなる魅力的なグッズが多くて「帰ったらすぐ何か作らなきゃ」と無駄に焦ったのでした…
そんなわけで2泊3日のソウル出版書店ツアー、元気をもらい、刺激を受け、たくさんの本とマッコリとともに帰路に着きました。また行きたい、まずは全く読めないハングルを勉強せねば、と思う次第です。
(おまけ写真:ホンデ駅近くヨンナンドンの遊歩道、ニューヨークのセントラルパークに似ているから「ヨントラルパーク」と呼ばれているそうですが、昼も夜も人でいっぱい。ネーミング含めパワー感じます)
(終わり)