うもれるデスクで聞いてみた 出版社営業の橋本さんがZINEと出版レーベルをつくったわけ ~『うもれる日々』発売&十七時退勤社創立記念

2019年6月、ニュースサイト「BuzzFeed News」にこんな記事が掲載された。「こんまり」の世界的なブームをはじめ、少ないもので暮らすことがライフスタイルの主流としてもてはやされるなか、出版業界ではたらく人たちのデスクまわりにおけるはげしい散らかりっぷりを肯定的にとらえる記事である。これら「繁茂」するデスクが話題となるきっかけをつくったのが、とある出版社で16年にわたり書店営業職に従事する橋本亮二さんだ。

【参考】橋本さんのデスクが初めて世に出た記事

そんな彼がなぞの出版レーベル「十七時退勤社」(読みはジュウナナジタイキンシャ)を立ち上げ、『うもれる日々』というエッセイのようなZINEを出すという。例のうもれるデスクにおもむき、話を聞いてみた。

 

――おじゃましまーす。おお、これはこれは…(あらぶるデスクを見回す)今日も今日とて、茂ってますね。

橋本 いらっしゃい! ちょうど今日ZINEが納品されて、いま読んでたところでした。誤字脱字みつけるといやだから、ほんとはあんまり見たくないんですけどね…。

――無事完成したんですね、おめでとうございます。

橋本 ブログをまとめたものなんだけど、 タテ組みになるとウェブで読むのとは全然ちがう! デザインをやってくれたかしぱんさんという方のおかげですよ。

こちらはうもれていないふつうの会議室で撮影。表紙は橋本さんのデスク。

――なによりです。じゃあさっそく、この情報量の多いデスクでお話を伺っていくことにしましょう。橋本さんはずっと出版社の営業としてはたらいてきて、どうして今回いきなりZINEをつくったり出版レーベルを立ち上げたりしようと思ったのでしょうか。

橋本 本を贈る』(2018年に三輪舎より刊行。作家から本屋まで、それぞれの立場で本に携わる10人のエッセイを集めている)に参加したことが圧倒的なきっかけですね。

それまでにもブログを書いたりFacebookに投稿したり、書くこと自体は好きだったけど、はじめて編集者から原稿に手を入れてもらう経験をして、それが大きかったんです。率直に言うと、書いたものを直されていやだった面もあったんだけど(笑)、実際に本のかたちになって読んだ時に、ちゃんと手を入れてもらったからここにおさまったなと実感して。

――それで、書くことにいっそう興味がわいたんですね。

橋本 好き勝手書いてネット上に公開するのと何がちがうかっていうと、どこを削るかなんですよね。中岡さん(『本を贈る』編集者)に何度も言われたのは、「どうしても著者は書きすぎてしまうけど、読者に考えさせる『余白』がないとだめ」ということでした。気に入ってる文章を削られるのは本当にいやだったんだけど、言われた通りにやるとやっぱりよくなるんですよ。

――今回のZINEは自分で書いて編集もしたわけですよね。中岡さんに言われた「余白」を意識したんですか。

デスクには余白がない

橋本 はい、中岡さんとのやりとりを思い出しながらつくりました。いやだったこともあったけど、思い出しながら…。

――いやだったことをそこまで強調しなくても! 恩人じゃないですか。でもとにかくその流れで、好き勝手じゃない形で書いた文章を公開したくなったと。

橋本 はい。「十七時退勤社」の名づけ親でもある、吉祥寺にあるブックス・ルーエの花本さんという書店員さんがいて、今年5月の文学フリマに出てたのがすごく楽しそうだったんですね。そんな花本さんからある日「橋さんもやればいいじゃん」と言われて。翌朝調べてみたら出店料5,500円かあ、ぜんぜんいけるなと思って、その勢いのままとりあえず申し込みました。文フリ行ったこともないままに。

――初文フリで初出店なんですね。と言いつつ、部数もたくさんつくったそうで。

橋本 初版800部です。(※のちに重版)末広がりで縁起がいいかなって。

――しかし、部数に単なる遊びじゃないよ感が出ていますね。

橋本 最初は300か400にするかで考えてたんです。それを夏葉社の島田さんに話したら「1000部くらいつくればいいじゃないですか」ってポンっと言われて。そのときはご冗談を、と思ってたんだけど、書店リスト出してみてだいたいどのくらい注文もらえるか考えてみたら書店卸で300はいけるかもな、と。

――出版社の営業を長年つづけてきた成果がこんなかたちで。

橋本 それにプラスで手売り200は売れるだろうと。そうすると500。そのとき大阪にあるtoibooksの磯上さんに「売切りで終わりにするならそれでいいと思うけど、十七時退勤社で今後もやるなら新刊が出れば既刊も動く」ってアドバイスされて、800に決めました。

――いろんな人に相談しながら考えたわけですね。ところで、いまtoibooksの名前が出ましたが、この『うもれる日々』のなかにはたくさんの書店員さんが出てきますね。橋本さんは出版社の営業として日々書店員さんと接していて、かつ書店員さんへの憧れや尊敬のようなものを強くお持ちですよね。それで思ったのが、そんなに思いが強いのなら自分で書店員になるという選択肢はなかったんだろうか、ということなのですが。

書店さんからの手紙や注文短冊などが貼られた壁

橋本 うーん、それが…学生時代にバイトしようと思ったんだけど、時給が当時の最低賃金(698円)で、それだとちょっと生活的に苦しいなというのがあって。機会を逸したまま、卒業していまの会社ではたらきだすことになったんですよね。

――いきなり現実的な理由でした…。フォローするつもりじゃないけど、一方橋本さんほど書店回りしながら本を買う人もいないような気もしています。特に地方出張のときがすごそうなのですが、一度の出張で何冊くらい買うんですか。

橋本 20冊くらいかなあ。

――思ってたよりも多い!

橋本 だって、本屋行って本買わなかったら何してるのって話じゃないですか。昨日は国分寺の早春書店に行って3冊買ったけど、時間なくてコミックの棚からばーっと3冊とったのが1,000円にも満たなくて…5,000円くらい払う気だったから、もう悔しくて…やってしまったなと思った…後悔が残ってる。次回だなと思ってる。

――行って買わないときはないんですか。

橋本 チェーン店だとたまに入館処理がややこしいこともあって買いにくいこともあるけど、いわゆる独立系で買わないことはゼッッッタイにない。完全に売上が直結しているから、そこの店主に。これは一回もやらなかったことないです(断言)。

そのせいか、デスクとは別の部屋にも橋本さんの本棚が…!

――本ゲル係数高そうですね。

橋本 本以外別になにもいらないもん。服とかも好きだったけど、全部なしにしました。6年くらい前に。

――6年前に過激派になったわけですね。『うもれる日々』の中身にも触れると、本を介して橋本さんがいろんな人と出会い、その人たちを心から慕っている様子が描かれていますね。

橋本 「本の周りにいるといいことがある」ってミシマ社営業の渡辺さんも言ってるけど、本当にそうだと思ってます。でも、自分はわかりやすくいえば依存症ですよ。アルコールにも依存しているし、本屋さんとの関係にも。一回好きになっちゃうと中毒みたいになっちゃう。

――危ないですね。

橋本 だから、活字中毒ではないんだけど、本の周りにいる人たちと話すためにも本を読んでるようなところがあるかもしれませんね。書き手のことも、読み手のことも、売り手も好きだから、彼ら彼女らと話がしたいんです。出版社が直接本を売るマーケットイベントだと自社の本、たとえば岸政彦さんの『断片的なものの社会学』を手に取ってくれるお客さんに対して、「この本もめちゃくちゃいいんだけど、新潮社から出てる『図書室』って本もめちゃくちゃいいですよ! そこの図書館で借りられますから」っていうのは、自分が読んでないと伝えられないので。あと、ミーハーだから作家さんにも会いたいし、サインほしいし、緊張するけどひとこと話したいし。そういうときに文芸誌でも読んでたって言うと、作家の横にいる編集さんにも驚かれたりしますね。このZINEにも書いたけど、文芸誌の初出で読んで、単行本で読んで、文庫本でも読みたい。

――橋本さんが本の周りの人に愛される理由がわかってきました。中毒をうまく仕事に活用していますね。体だけこわさないように、お願いします。最後に、十七時退勤社の今後の展望を教えてください。

橋本 次は全国の本屋さんをめぐる旅日記をやりたいなと。自分が承認欲求を満たす場がほしいから(笑)、1年に1冊ずつ作りたいです。あとは自分だけじゃなくて、副社長の笠井瑠美子(『うもれる日々』と同時に『日日是製本』を刊行)もそうだし、まわりに「これを紙で出したい」って人が出てきたときに受け皿になれたらとは思ってます。温度から紙で出したいものができたときはぜひ!

――印税くれるならやります!

(おわり)

【イベントスケジュール】
日本各地で刊行記念イベントが開催されます。橋本さんに会いに、お近くの会場へ!

2019/12/27(金)@東京下北沢・B&B
橋本亮二×笠井瑠美子×花本武「おしよせる毎日に本を作り、売り、読むこと」『うもれる日々』『日日是製本』(十七時退勤社)刊行&創業記念
http://bookandbeer.com/event/20191227/

2020/1/11(土)@神奈川大船・ポルベニールブックストア
橋本亮二×友田とん「繁茂する デスク周りを 闊歩する うもれる日々を 代わりに読む人」
https://bit.ly/2QlEJkK

2020/1/18(土)@鳥取米子・SHIMATORI米子店
橋本亮二「『うもれる日々』発売記念<橋本さんを囲む会>」
https://twitter.com/imaibc/status/1208647669360381953

【『うもれる日々』が買えるネットストア】
本屋Title https://title-books.stores.jp/items/5dda06f91da41229867d33ae
双子のライオン堂 https://liondo.thebase.in/items/24960316
とほん https://tohon.shop-pro.jp/?pid=147081931

【プロフィール】
橋本亮二(はしもと・りょうじ)

1981年、愛知県生まれ。出版社で営業職。共著『本を贈る』(三輪舎刊)。