第1回「トーキョーのローカル」って? 本との土曜日「ローカルな東京を考えるための10冊」

 

2017年6月17日にBETTARA STAND 日本橋にて、本との土曜日が開催されました。こちらのイベントは毎月第3土曜日に開催されているブックマーケットで、この日で第5回目を迎えています。6月のテーマは、「トーキョーのローカル」。ブックマーケットの後には、当日の出店者から4名が登壇した「ローカルな東京を考えるための10冊」というトークイベントが繰り広げられました。そのトークの様子を、全4回でレポートします。

 

 

登壇者(写真左から)
江口晋太朗さん(TOKYObeta Ltd.代表取締役、編集者)
落合博さん(本屋 Readin’Writin’店主)
今田順さん(クルミド出版『そういえば さぁ、』編集長)
森田真規さん(『なんとなく、クリティック』編集・発行人、『なnD』編集人)
司会:中岡祐介さん(三輪舎・代表取締役、ブックマーケット「本との土曜日」ディレクター)

 

第一回 「トーキョーのローカル」って?

 

中岡 今日は皆さまお集まりいただきありがとうございます。この「本との土曜日」のディレクターで、三輪舎という出版社をやっている中岡と申します。よろしくお願いします。

第5回目を迎えた本との土曜日ですが、今回はテーマを「トーキョーのローカル」としました。「東京はそもそもローカルなのか」ということを最近考えていて、その問いに対し、このイベントで本を通して捉え直してみたいという思いで企画しました。このトークでは「ローカルな東京を考えるための10冊」というテーマでこちらにお招きした皆さんにご紹介頂ければと思っています。

 

現在、ローカルという言葉がいろんな形で流通しています。「ローカル」という言葉は、都市に対する「地方」という意味で使われることが多いように感じます。でも、辞書を引いてみると「地元」っていうニュアンスなんですね。では地元って何かというと、人が住んでいて暮らしている場所、と定義できると思います。

 

つまり、人がそこで住んで暮らしている場所をローカルとするなら、我々はローカルに住んでいる、ということになる。一方で、その意味において東京がローカルだとしても、そこにローカリティ、地元らしさを感じることって少ないんじゃないか。

 

今日の本との土曜日に出店していただいた方がテーマに沿った本をたくさん持ってきてくださいました。そのなかに、やはり東京を舞台とした物語はたくさんあって、そこから「トーキョーのローカル」について探れるのではないかと。

 

 

東京は、川や、坂や、丘や、窪地やそういった地理的な特徴がとても多い地域ですよね。もし東京が真っ平らで、川もなくて、地形的な特徴が何もなかった場所だとしたら、文化、もっと言うと文学、小説が生まれたのだろうか。きっとあまり生まれなかったんじゃないかと思うんです。

 

例えば千駄木とか谷中のあたりにある団子坂について、江戸川乱歩が『D坂の殺人事件』を書いたり、その地に立つ蕎麦屋の「藪そば」についていろんな人が書いていたりしますが、きっとそれはモチーフとして坂の存在が大きいと思うんです。

 

すごく大雑把に言えば、あらゆる文明・文化にはまず土地があって、川や丘や坂があって、そこに色んな人が集まって暮らすようになって、そうやってそこでしかありえない特有なものが生まれると。東京をそういった形で改めてローカライズすると、作品から物語、物語から人、土地そしてローカルに遡っていく、というのがローカルを知るための筋道なんじゃないかな、なんてことを考えています。

 

…という話はいったん忘れて頂いて(笑)、皆さんに思い思いの本を紹介してもらいつつお話しいただければと思います。
それでは、江口さんから自己紹介と、その流れで本の紹介をしてもらえますか。

 

東京という言葉は因数分解が必要


江口 初めまして、江口と申します。普段は編集者という肩書で仕事をさせてもらっています。とは言え、一般に編集者と言って想像されるように特定の雑誌をつくっているというわけではなく、ある種“編集”的視点を持って、街を考えてみたり、地方の地場産業の方々の新しいあり方をどうするかということを行っています。

 

それらも今日のお話に紐づけると、地域のローカルと地場の産業、そこで行われていた営みというか、その場所で何十年、何百年と続いてきた仕事、働きについて改めて見直すことが、これからを考える意味合いであるのかなと思っています。地場産業の伝統工業の方々とお話しする機会の中で、これから何ができるか、っていうことをいつもお話しています。

 

自己紹介がてらということで、ローカルという話に関連すると、自分の本で恐縮なのですが、『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)という本を昨年執筆しました。この本は、まさに自分たちが住む街自体に対しての愛着心や土着心を持った中から、自分たちが地域に対して持続可能な活動がどうやったらできるのか、ということを考えるための、まちづくりの事例がまとまった本になっています。

 

中岡さんのお話にあったように、自分の地域に対しての感情をどう成り立たせるのかということにおいて、まちづくりの中では“シビックプライド”という言葉があります。自分たちが住んでいる、あるいはかつて関わった街に対してポジティブな感情を抱き、その土地に対して少しでも関与しようという意味です。

 

そこを基盤にした様々な経済圏をつくる、というと堅いのですが、事業的な視点だけでなく、ボランティアなども含めて、ゆるやかに街に関わる、他者と共に協働するといった様々な気持ちをつくりながら、その街での共生社会、共に生きていくための活動をどうすればやっていくことができるのか、っていうことを事例でまとめた本になっています。

 

 

で、「トーキョーのローカル」っていうことでいうと、僕としては「東京」という言葉はローカルとは紐づかないと思うんです。「東京」という言葉が持つ意味はあまりに大きくて、ある種拡張されすぎているように感じます。同時にローカルという言葉というのは、まさに人の足場であり、営みということを指すのだろうなと思っています。

 

東京という言葉に対していろんな人が想像しているように、東京都という政治区分で見たときも西と東ですごく違いますよね。かつて言われていた東京というのは、東京市という行政区分にも近く、ごく小さいものとして括られていたのが、東京都という区分、名称によって僕らがイメージするものを変えていった側面もあると思います。

 

東京都という言葉自体が「東京」という言葉で独り歩きしていることで、僕たちが普段住んでいるところ、たとえば中野、高円寺、日本橋などそれぞれの中でどのように愛着心を持つか、そしてその集合体として「東京」というものをどのように捉えるかそういうメタな視点の話になるんじゃないかと考えます。そうすると「東京」という言葉をもう少し因数分解しないといけないのかなと感じます。

 

中岡 そうですね。「トーキョーのローカル」はあえて付けた部分もあって、”東京はローカルなのか”っていうとちょっと違うんですよね。”東京のローカル”、もっと言うと東京の”中の”ローカル、ということでしょうか。東京にはいろんな人がいて、今日も東京に関する本をたくさん持ってきてくださって、たくさんのお客さまに買っていただいていましたが、東京の本っていうのはないんですよね。

 

東京のイメージに関する本は可能かもしれない。だけど極端な話、小笠原諸島も東京に入るわけですしね。結局東京について語ろうと思っても、ほとんどのものが滑り落ちてしまう。それでもきっと多くの人が東京というテーマで書きたいし、書くには良いテーマなのかなと思いますね。

 

江口 そうなんですよね。それに関連してもう一冊紹介したいのが、社会学の一つのテーマでもあるのですが、北田暁大さんが書いた『広告都市東京 その誕生と死』(廣済堂出版)という本です。

 

東京という言葉がひとり歩きするひとつの要因としては、戦後の高度経済成長の中で生まれたもの、特にパルコ文化を中心とした若者文化に起因すると思います。それと同時に東京というものが紐づくイメージ像がどのように変化してきたのか、そこにおける都市の変容と街のあり方を、メディア論と文化論を合わせながら語った本で、いわば70〜80年代を中心とした広告論の内容です。

 

僕らが一般的にイメージする東京の基盤の多くは、ここで語られたものに紐づくわけですよね。その一方、そうではなくて、まさに中岡さんがおっしゃるローカル、必ずしも高度経済成長と紐づかないローカルというものを探るのであれば、もっと前のものをたどる必要があると思います。例えば戦中だったり戦前だったり。人によっては江戸時代までさかのぼるのでは、という人もいると思います。これからの議論はそのあたりを深めていけるといいのかなと。

 

中岡 ありがとうございます。時代背景をさかのぼっていくことで見えてくることは多いように思います。

 

第2回につづきます)