第1話 出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 

日暮里「パン屋の本屋」で店長をつとめる花田菜々子さんの連載です!タイトル通りのお話なのですが、(長いので通称「であすす」)おどろくことにこれは実話。修行のような、冒険のような旅路の果てに、花田さんがみた景色とは?!※ この連載は全8回を予定しています

WEB版ロゴデザイン:山田 和寛(nipponia

 

※2018年4月追記

こちらの連載が2018年4月18日に書籍として河出書房新社より発売されました。

書籍についての情報はこちらをご覧ください!

また書籍化にかかわった方々へのインタビューを行っていますので併せてお読みください。

①河出書房新社の編集さんと営業さんに話を聞きに行きました!

②ブックデザイナー佐藤亜沙美さんに話を聞きに行きました!

③イラストレーター内山ユニコさんに話を聞きに行きました!

 

2013年1月のある夜。

私は横浜郊外のファミレスでひとり、2時が来るのをうつろな気持ちで待っていた。こんなときは本を開く気にもなれなかった。とりあえずの着替えと生活用品をスーツケースに詰めて職場に持ち込み、家のない生活をはじめてから1週間になる。

 

今日は近くのスーパー銭湯を宿にするつもりだが、その施設は宿としては不便な点があって、6時間以上の滞在は延長料がかかる。宿泊費を3千円に収めたいなら夜中2時以降にチェックインするしかない。毎日の宿泊場所は「たくさん寝たいのか、洗濯をする必要がある日なのか、少しでも安くしたいのか」でその日に寄って簡易宿泊所やスーパー銭湯やカプセルホテルを使い分けていた。

 

けれど、毎日毎日夕方仕事を上がれるタイミングが見えてきたときに「そろそろ今日の寝場所を探さないと…」と考えなければいけない生活は疲れたし、そのたびに何千円ものお金が宿泊費に消えていくのも精神的に負担だった。こんなことをいつまでするつもりなのか。

 

「もう何事もなかったように一緒に住むことはできない。もう明日からここには帰ってこないよ」

 

そう言って夫と二人で住んでいたマンションを出てきた。

 

冷めきったコーヒーをすすりながらのろのろと考える。こんなすさんだ生活を続けていても、気が済んで家に帰ろうという境地には全く至らなかった。多分もうそうならないなと思った。家を探そう。一人暮らしして、一人の生活を立て直そう。

 

結婚生活がだめになったかわいそうな人、ってまわりから思われるだろう。でも自分自身までそのセルフイメージに生きたらどんどん自分で自分を落ち込ませてしまいそうだ。かわいそうっぽく生きるのはいやだ。

 

でも、そうは言っても。今まで休日はずっと夫と二人ですごしてきたから、これから空いてる時間は何をしたらいいかも思いつかない。何にもない。休日のたびに一緒に過ごしてくれる友だちなんていないし、趣味も読書と本屋めぐりくらいしかないし、それは趣味というか半分は仕事みたいなものだった。なんてせまい人生だろう。自分にはそれしかないんだ。

 

せまい人生……。

もっと知らない世界を知りたい。

広い世界に出て、新しい自分になって、元気になりたい。

 

焦りと不安にまみれた宿無し生活は、それほど長くは続かなかった。それからわりとすぐに話し合いをして、今の住まいは解約し、それぞれが新しい場所へ引っ越そうということに決まった。夫は私よりも先に家を去っていった。私は職場からも近く、横浜駅から歩いても帰れるような場所に狭いマンションを借りた。

 

「X」という奇妙なマッチングサイトを知ったのは、新しい家への引っ越しの荷づくりをしている頃だっただろうか。若い社会起業家の新書を流し読みしていたときだった。新しい時代のWebサービスのひとつとして紹介されていたその内容は「知らない人とカフェで30分だけ会って、お茶をする」というもの。あ、これかも、とすぐ思って、その場で本を読むのをやめてスマホに手を伸ばした。

 

Facebook認証でまずは自分を登録しないといけないらしい。私はSNSは何となく苦手意識があってやっていなかったのだが、まずはFacebookなるものを始めることから始まった。

 

登録、プロフィール設定、認証、登録、プロフィール設定、長い道のりを経て、やっと「X」のサイトが閲覧できるようになった。そこではいろんな人が顔写真付きでずらりと並び、簡単なコメントとともに自分とこの日、この時間に、渋谷で、新宿で、お茶をしよう、と呼びかけている。

 

え、なんだ、この世界。すごいな。見たことない。出会い系サイトというような、後ろ暗さはない。まあ、広い意味では「出会い」系なのだろうけど……。学生さん、おじさん、若いOL風のきれいな女の人、おしゃれな自転車で中目黒走ってそうな人、いろんな人がいて「起業しようと思ってます!」とか「フリートークでお願いします」とか書いていたり、自分の興味のあることをタグにしてプロフィールに羅列している。

 

しばらくサイト内を巡回して理解する。

 

誰かと実際に会うための手順はこうだ。まず、誰かが日時とだいたいの場所を設定して「ミーティング」を登録する。するとその情報が公開され、誰でもその人に申し込むことができる。複数の申し込みがあればその人はその中からいちばん会いたい人を選ぶ。会いたい人が誰もいなければ全部断って中止にしてもいい。誰からも申し込みがなければもちろんマッチングは成立せずに流れる。つまり誰かと会うためには、自分が登録して誰かを待つか、すでにある誰かの呼びかけに申し込むかのどちらかということだ。

 

だが、自己紹介にこれという特徴がなく、コメントも「どんなお話でもOK」と書かれている人には、会いたいと思える決め手がなく、かえって申し込みづらい。「恋愛の話がしたいです!」とか「脳の研究をしています!」という具体的な何かがある人の方が会ってみたくなる。

 

私は何を書けばいいのだろう。「趣味は読書です」「本の話をしましょう」か……? いや、薄い。薄すぎる。読書が趣味なのは本当だけど、この場ではそんなこと、何も言ってないのと同じくらいに感じられる気がする。

 

そうだ。

 

ここで、あれをやってみるというのは…?

 

いや、でも知らない人相手にそんなことできるだろうか。いくら何でも無謀すぎるんじゃないか。今までそんなこと、やってみたこともないのに。…でも、べつに失敗したところで何が起こるというわけじゃない、ちょっとがっかりされるくらいのことだ……何もしないよりはいいじゃないか……。

 

さんざん迷った末、私は自分のプロフィール欄を修正して、はじめてのミーティングの登録をした。

 

「変わった本屋の店長をしています。一万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」

 

本当にこんなこと書いて大丈夫なのか。でも。

 

 

こうして謎の出会い系サイトで、使ったこともない、よくわからない武器を持って。

 

私の旅が始まった。

 

 

 

※2018年4月追記

こちらの連載が2018年4月18日に書籍として河出書房新社より発売されました。

書籍についての情報はこちらをご覧ください!

また書籍化にかかわった方々へのインタビューを行っていますので併せてお読みください。

①河出書房新社の編集さんと営業さんに話を聞きに行きました!

②ブックデザイナー佐藤亜沙美さんに話を聞きに行きました!

③イラストレーター内山ユニコさんに話を聞きに行きました!