第1回 無職のかたちも人それぞれ 『あたらしい無職』刊行記念トークイベント 丹野未雪×栗原康「無職を語る」

8/11(金)東京・田原町のReadin’Writin’にて、『あたらしい無職』(タバブックス)刊行記念イベント「無職を語る」が開催されました。『あたらしい無職』は著者の丹野未雪さんがフリーランスや正社員として過ごした3年間の記録で、会社とはなにか、仕事とはなにかを考えさせられるエッセイです。今回の対談相手は、おなじくタバブックスより『はたらかないで、たらふく食べたい』を出版されている政治学者の栗原康さん。旧知の仲であり、栗原さんによると「貧乏、借金、タバブックス」が共通点であるおふたり。世の中の窮屈さから自由に生きていくためのヒントが得られるトークの中身を、一部抜粋してレポートします。(全5回予定)

 

栗原 今日はよろしくお願いします。ぼくは『あたらしい無職』とおなじくタバブックスから『はたらかないで、たらふく食べたい』という本を出しています。どちらもとんでもないタイトルですね(笑)。その本を出すきっかけをつくってくれたのが、実は丹野さんなんです。

 

丹野 はたらかないで、たらふく食べたい』に収録されている「豚小屋に火を放て」というエッセイはもともと「現代思想」に載っていたんですけれども、それをコピーして持ち歩いていたんです。

 

栗原 当時付き合っていた彼女にフラれたときのチクショーって思いを伊藤野枝さんの思想と絡めて書いたものです(笑)。

 

丹野 そのころ仕事がハードで、ほぼ毎日残業で、帰るのはほとんど終電という日が続いていたんです。帰りの電車内でそのエッセイを読むと、ひとときつらさを忘れられたので、思わず感想を栗原さんにメールしてしまいました(笑)。それから、タバブックスの宮川さんにコピーを渡したりして。自分以外にも多くの人を救うエッセイだと思ったので。

 

栗原 感想を直接もらえる機会はあまりないのでとてもうれしかったし、宮川さんをご紹介していただいたことで『はたらかないで、たらふく食べたい』を出すことができて、さらにそこから少しずつ本を出せるようになっていったので、丹野さんは本当に大の恩人です。

 

丹野 いえいえ、とんでもないです!

 

栗原 あたらしい無職』を出されてから、トークイベントにはいろいろ出られたんですか。

 

丹野 タバブックスから同時刊行された『バイトやめる学校』の山下陽光さんと、福岡と広島、あと東京でお話ししてきました。それが陽光さんのキャラクターもあって、すごい大盛況で。世の中にはバイト辞めたい人がこれだけたくさんいるんだ、と。

 

そうしたイベントなんかで、はじめてお会いした方に挨拶するとき、「あたらしい無職の丹野です」と名乗っているんです。「あたらしい無職」というのが、あるとき肩書みたいに思えたからなんですが、これがある種リトマス試験紙みたいな感じにもなって、おもしろがってくれると「あ、友だちになれそうだな」って。

 

栗原 イベントに出られてみて、どんなことを感じられましたか。

 

丹野 この本について「共感した」と声をかけてくださる方が多かったのですが、わたしにはそれがとても意外でした。しかもその共感が、「わたしも社会保険料で苦しみました」とか、「ハローワークの描写、わかります」とか、「ここが刺さりました」という一文も、ポイントがばらばらだったんです。そういう意味では、人によって無職の形っていろいろあるし、働くのと同じように、一般化しにくいものがあるんだな、と思いました。

 

栗原 もともと『仕事文脈』で連載していた「39歳無職日記」から始まっているわけですから、日記であり事実なんですよね。

 

丹野 そうですね、脚色もゼロです。

 

実は、栗原さんがいちばん最初にほめてくれた読者の方で。でも、知り合いだから力づけてくれているんだろうなと思っていたんですが、あの、実際どうでしたか…。

 

栗原 いや、むちゃくちゃおもしろかったです!

 

丹野 おお…ありがとうございます!

 

 

栗原 いま一緒に住んでくれている彼女が、丹野さんと同い年で、しかも今月から無職になるっていう、そういう共通点もあるんですよね。

 

丹野 そうなんですか! ようこそっていう感じです(笑)。

 

栗原 彼女がこの本を読んで、すごく共感したって言っていたのが、さっき話の出た社会保険料の話でしたね。契約社員で切られて無職になるんですけど、一年前までは藤沢で不動産屋の正社員をやっていたんですよ。

 

そこを辞めてぼくと暮らし始めて、契約社員になって給料が減ったんですが、税金は正社員時代の給料から計算されたものを払わないといけないんですよね。健康保険料なんて、月6 万とかなんですよ…殺すつもりですかっていう。けっこう多くの人がそういう経験を持っているんじゃないかと思っていて、それで共感を呼ぶのかなと思いました。

 

無職のイメージを刷新したい

 

栗原 本の内容に入りながらしゃべっていきたいなと思うんですけども、最初スゲーと思うのがタイトルですよね。『あたらしい無職』ってとてもいいタイトルですが、これは丹野さん発案ですか?

 

丹野 はい。世間一般では無職に対してみすぼらしいようなマイナスのイメージがありますが、実際のわたしはお金がないながらもけっこう楽しく過ごせてしまっていて。

 

いわゆるサラリーマン的な生活を送っている友人が周りに少ないこともあるのか、毎日通勤していないということを、あまり負い目にしないで生活できたのかなと思うんですよね。それに、自分で自分の時間を配分できるという前向きな状況にもかかわらず、なぜか自虐的でいないと許されないような雰囲気が感じられて、それがなんか嫌だなあと。

 

たしかに、雇用の流動化のためにあらたに無職にさせられている、という一面はあるんですけど、どこかから与えられたマイナスイメージみたいなものとはちょっと違う無職のありようがあるんだっていうのを出したい、刷新したいなと思って、「あたらしい」とつけるのはどうですか、と提案しました。

 

栗原 素晴らしいですね。タイトルを自分で出せるというのもすごいなって思って。ぼくは本のタイトルで自分の案が採用されたこと、ほとんどないんです。

 

丹野 意外ですね。

 

栗原 当初、『はたらかないで、たらふく食べたい』は、『豚小屋に火を放て』でいこうと思っていたんですけど、宮川さんから「『豚小屋に火を放て』だと本屋のどこに置けばいいかがわからない」と言われて(笑)。『はたらかないで、たらふく食べたい』だったらまだphaさんの本とかコーナーがあるだろうからということで決めてもらいました。

 

伊藤野枝さんについて書いた『村に火をつけ、白痴になれ』も、岩波書店から出すから硬いタイトルでいこうと思ったら自分の案は却下されて(笑)、編集者の方から出してもらった案になりました。

 

丹野 はげしいので、てっきり栗原さんの案だとばかり思ってました(笑)。

 

タイトルを決める時に、無職の定義についてあらためて考えたんですよね。本にも書いたエピソードなんですが、郵便局のアルバイトの面接で、「今何をしていますか」って聞かれたので、「仕事を探しています」って答えたら、無職の欄に丸をつけられた。辞書には、「職業を持っていないこと」とあったんですけど、「仕事を探している状況じたいが無職なんだ」と思って。

 

栗原 本のなかで、いま何をやっているのだと聞かれて「フリーです」と答える場面がありますが、フリーって便利な言葉だなぁと、印象に残ったんですよね。

 

要するに、フリーというのは常に無職ということですもんね。考えてみるとぼくも、非常勤講師以外の仕事は、依頼された仕事として文章を書いたりしているんですが、これもフリーってことは要するに無職っていう…。

 

丹野 もしかして、無職になりたいですか?

 

栗原 あ、ぼくも「あたらしい無職です」って言いたいなと思って(笑)。

 

丹野 言いましょう(笑)!是非みなさんも。

 

第2回につづきます)

 

【プロフィール】

丹野 未雪(たんの・みゆき)

1975年宮城県生まれ。編集者、ライター。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。趣味は音楽家のツアーについていくこと。双子座。

 

栗原 康(くりはら・やすし)

1979年埼玉県生まれ。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。著書に『大杉栄伝 永遠のアナキズム』『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』『死してなお踊れ 一遍上人伝』など。