第1回 向き合うのか、逃げるのか 『降伏の記録』刊行記念対談 植本一子×佐久間裕美子

「絶縁」した母親や末期癌を患った夫への切実な心情を綴った『降伏の記録』(河出書房新社)。自分たちの手で生き方を選択するニューヨークの女性たちを描いた『ピンヒールははかない』(幻冬舎)。それぞれの著者である、植本一子さんと佐久間裕美子さんの対談を10月上旬に東京・田原町の本屋Readin’Writin’で行いました。母親との関係性、 “こうあるべき”という思想、そして自分自身の感情——それらとどう向き合い、どう乗り越えていくか。お二人の対談を全3回で公開します。

 

―― 佐久間さんは『かなわない』『家族最後の日』を読んでいて植本さんのことをずっと気にされていて、そんなところに、植本さんが佐久間さんの2冊目の本『ピンヒールをはかない』を読んで心動かされたと聞きました。「いつか会ってみたい!」というお互いの気持ちが熟したタイミングでこうして対談が実現した気がします。

 

ちょうど植本さんは10月末に発売になる(※現在は発売中)新刊『降伏の記録』を書き終えたばかりで、わたしたちも校了前のゲラを読ませていただきましたが、まずは佐久間さん、読んでみていかがでしたか?

 

佐久間裕美子(以下、佐久間) 最初(植本さんと)共通の友達から『かなわない』を薦められて読んだ時、自分と向き合おうとする植本さんの姿勢にとにかく驚きました。それから植本さんのことはずっと「すごいな」って思っていたけど、今回の『降伏の記録』でいろいろ納得しました。

 

わたしは何か大きな出来事があった時、3年くらいかけて少しずつ自分の気持ちに折り合いをつけていくんです。そして良くも悪くも親や友人に対して配慮してしまって、正直になりきれない、みたいな気持ちが残る。でも植本さんは現在進行形で起きたことと向き合っているわけじゃないですか。“赤裸々”とか一言で簡単に片づけられないスタイルで。それがすごいなと思います。お母さんとの関係や、石田さんとの関係、本の中でいう「わたしの他者たち」、それらが網のように全部つながってるんだなって、今回の本を読んで納得しました。

 

植本一子(以下、植本) よかった!

 

佐久間 『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』を3部作にしようって最初から決めて書いたわけではないんですよね?

 

植本 結果的にそうなった、という感じです。『降伏の記録』の日記パートはここ2ヶ月くらいで気づいたことを一気に書いて、(本の最後に収録されている)書きおろし部分もふくめ半月ほどで集中して書いてたら、髄膜炎で入院しちゃって……。でもその8月に書いた書きおろしの原稿に、今までの本も集約されて着地した気がします。

 

―― お二人の違いが際立つ点のひとつに、母親のことがあると思います。『家族最後の日』で核になっていた植本さんと母との確執は今回の本にも引き継がれていますが、一方、佐久間さんの『ピンヒールははかない』では最後に「わたしのことを『寅さん』と呼ぶ親愛なる家族」っていう表現が出てくるくらいで、母親や家族との関係性はそれほどはっきりとは書かれていませんよね。「対母親」という視点で佐久間さんの感想を聞きたいです。

 

佐久間 植本さんの本を読んで、「もしかしたらわたしの母もこういう感じだったのかな」って思いました。うちの母は自分が19歳のときに母(佐久間さんからみた祖母)を失っているから、母というものを知らない、とまではいかないけれど、子育てをやみくもにやっていた気がします。しかもわたしたちに向かって「ママ、子ども苦手なのよね」とか平気で言ったりしてた。24歳くらいの若さでわたしを産んだので大変だったろうな、って今は思えるようになりましたけど。

 

だから、読みながら植本さん自身がわたしの母に重なったりもするし、植本さんのお母さんに対する気持ちがわたしの母に対する気持ちにも重なったりもして、それで最初は読むのがしんどかったんです。だけど、感情のそんな重なり合いがだんだんセラピーっぽくなっていく感覚でしたね。

 

わたしの母もわたしが書いたものを読まないし、読めないんです。読めやーって思うけど(笑)。でもうちと植本家がひとつ違うのは、母はわたしに対して、自分の子育てに悪いところがあったって思ってること。思ってるだけじゃなくて、「ほんとにごめんね」とか言ってくる。

 

植本 へー! どういうタイミングでそういう話になるんですか?

 

佐久間 ケンカになった時に「やっぱりママのこと、まだ恨んでるんでしょ」とか。朝ご飯を食べてて、急に言い出したりするときもあります。30代の頃は、お母さんのことがほんとに理解できなくて、ギクシャクしていたこともあるし。わたしと母は価値観が根本的に違う。もちろん今だってわたしのことを十分に理解しているとは思わないけど、理解しようと努力はしてくれているんだな、って思う。

 

植本 うーん、うちではありえない……。お母さんはおいくつですか?

 

佐久間 24歳でわたしを産んでるから、今68歳かな。

 

植本 じゃあうちと一緒くらいですね。

 

佐久間 お母さんは何歳で植本さんを産んだんですか?

 

植本 35歳なので当時としては結構遅いんです。それにしてもすごいですよね、お母さんが謝るなんて……。

 

佐久間 感情の起伏が激しくて、良くも悪くもドラマチックな人なんですよ。だから、子どもの頃から母のことをお姫様のように感じていました。

 

植本 お姫様ですか! 実はわたしにもお姫様成分があるのかなと思っていて。というのはある友達に「いっちゃんはいつまでも大人になろうとしない人だと思ってた」って言われたんですよ。最近わたしが書いたものを読んで、「けど、やっと大人になろうとしている感じがする」とも言ってたけれど。

 

佐久間 でも「大人」って何?って思うよね。

 

植本 そう! そうなんですよ、「大人」が難しくて……。で、今回の本を書くのがこれまでで一番きつかったです。

 

佐久間 やっぱり植本さんはすごく向き合うから。わたしの場合、むしろ本当は向き合いたくないんですよ。今までは人のことを書く職業だったのが、『ピンヒールははかない』で図らずも視線が自分に向いてしまった。石田さんが自分に向き合ってくれない、って書かれていたけど、わたしは逆に男性から「おまえはちゃんと向き合わないじゃないかよ」って言われたことがあるから、そこも自分と重ねて読みました。

 

植本 『降伏の記録』について取材で聞かれると一番困るなと思ってるのは、「結局、何を求めてるんですか?」とか「向き合うってどういうことですか?」っていう質問ですね。答えが自分の中で出てるわけではないから。

 

“こうあるべき”の国で生きる                                                          

 

植本 わたし、佐久間さんのことがすごくうらやましいんですよ! 子どもが巣立ったらニューヨークに住みたい(笑)。

 

佐久間 そうなの!? ぜひ住んでください(笑)。この街にいることで恵まれてるなってわたしも思うんです。自分より年上の女性が、40歳を過ぎて子どもを持つか持たないか選択したりするのを間近で見てきたから、わたしも世間体なんかを考えずに生きてこられたんだなって。ニューヨークには“こうあるべき”っていう型がないんですよね。だから植本さんがこの窮屈な日本で、こうして別の家族のあり方を書いたことがすごいと思う。“正直”って言葉にすると急に陳腐になるけど、その正直の熱さに勇気をもらう人がたくさんいると思う。

 

 

―― 植本さんは『ピンヒールははかない』のどこが印象的でしたか?

 

植本 (付箋をかきわけながら)いっぱいありますよ! 全体的にうらやましくてしょうがないです。

 

佐久間 実際のわたしの暮らしぶりを見たら全然うらやましくなくなると思うけど……。

 

植本 日本にいると世間の“こうあるべき”圧があまりに大きいんですけど、それを疑わずに流されるままに生きていればいい、みたいな空気を強く感じますよね。政治についても、憲法改正や原発問題より税金が減るかどうかが大事、っていう関心が多いことにとてもショックを受けて疲れちゃって……。だからみんな『ピンヒールははかない』を読めばいいのにと思いました。

 

佐久間 ありがとう!(笑)

 

植本 でも当たり前ですけど、佐久間さんの本もわたしの本も読まない人口のほうがだんぜん多い。読んでくれたら、みんなの思う“こうあるべき”が少しずつ変わっていく気がするんですけど、税金、税金っていう声まではなかなか届きませんね……。

 

佐久間 アメリカでは、ドリルで地下を深く掘って、水圧の力でオイルやガスを採取する水力破砕法を続けてきた結果、今までほとんどなかった地震が起きたるようになったりもしている。このままだと将来もっと危ないっていうのに、実際の生活では誰も省エネなんか気にしてない。そういう意識はアメリカも日本と変わらないです。今は政治もあんなことになってしまったし。

 

佐久間 カウンセリングが趣味という漫画家の先生との関係を本に書かれていますよね。辛い時にネット上で話を聞いてもらう、と。親に知られると余計に心配されるのでちゃんと書いたことはないんだけど、わたしもセラピーに通っていて、すごく救われてるんですよ。

 

植本 アメリカにはセラピストがたくさんいるんですよね?

 

佐久間 そうなんです。でも料金は安くないし、セラピーもビジネスだから、内容よりもとにかく週に1回通わせることがすべてっていうセラピストも少なくない。それで、お見合いみたいに自分に合うセラピストをいろいろ探したところ、大病院の女性の先生をうまく見つけられたんですね。保険が効かないことも多いんですけど、大病院だから保険も効くし、給料をもらってる人だからフリーのセラピストと違ってそんなに追っかけてこない。それからは自分のペースで通えていますね。

 

植本 どのくらい話を聞いてくれるんですか?

 

佐久間 1時間です。 行くたびに自分の身に起きたことを話すんだけど、その時どうしてそういう気持ちになったか一緒に考えてくれるので、自分のことを客観視したり、整理したりできる。わたしは2013年くらいに、本当にマズいなって自覚するまでセラピーに行かなかったんだけど、もっと早く始めればよかったですね。

 

植本 アメリカだと、セラピーに通うのは結構ふつうなんですか?

 

佐久間 割とふつうですね。「それ、セラピストに話した?」みたいな会話は、友達との間でふつうにある。

 

初めてセラピーに行った時、壮絶な別れの話をしに行ったつもりだったんだけど、セラピストに「異性関係の話はすべて母親の問題につながる」って言われて、それで1年かけてセラピストと母親との関係を話し合ったんですよ。それで折り合いがついたかと思いきや、1年経ったら「じゃあ、そろそろ父親問題にうつりましょうか」ってセラピストが言い出して。わたしはお父さんとはもっと向き合いたくないから、「少し考えていいですか?」っていったん止めた。でもその夜友達に会ったら、「それ、1年前にわたしに言ってくれたら、男の問題は全部父親問題だって教えられたから、1年分のお金セーブできてたのにね」って (笑)。

 

植本 そうなんだ! 男の問題はお父さん問題につながるんですか?!

 

佐久間 みたいですよ。

 

植本 えー!! 本当に?!(絶句)

 

佐久間 自分の人間性については母親問題なんだけど、男選びについては父親問題だって。

 

植本 ああ~そうかも………やばい! 次の本が始まってしまう! じゃあ佐久間さんはお父さんの話もしたんですか?

 

佐久間 できないね、やっぱり。向き合いたくないみたい。

 

植本 そうなんだ。お父さんはどんな人なんですか?

 

佐久間 お父さんはね、不在。

 

植本 じゃあ一緒ですね! 不在でなんとも思わないのに、向き合いたくないんですか?

 

佐久間 というか、不在だったってこと以外に思うことがないんだよね。猛烈サラリーマンだったし単身赴任で家にほとんどいなかったから。それは彼にとっても不幸なことだったかもしれないけれど、週末に家に帰ってくると、「この人月曜になったらまた出ていくんだよな」って思ってた。女3人の方が楽しくて、父がいなくなると、「あ~帰っていってくれたね」ってホッとしてた(笑)。

 

「不在のお父さん」が落とす影

 

―― 植本さんも、娘さんたちと3人でいる方がいいと書かれてましたね。

 

植本 気楽ですね。

 

佐久間 娘さんたちはどうですか? お父さんに対して。

 

植本 いろいろ考えて心配になりますね。石田さんの病気が娘たちにどういう影を落とすんだろうって、心配です。石田さんは父親としてはいい人だとは思う。『かなわない』の頃は、子どもたちの面倒をずっとみてくれてたから。それでも女3人の方が気楽ですよね。だから彼氏にしてもそうだけど、元気な男の人とふたりきりで向き合うとか、ほんと大変なことをやっていたと思うんですよ。今になって、夫婦って超大変じゃん!って思い直してます。

 

佐久間 わたしも結婚はもちろん同棲ももう絶対できないと今は思っちゃってる……。複数主義っていえば聞こえはいいけど、誰とも向き合いたくないかな……。

 

植本 誰とも向き合いたくないと、複数主義になるんですか?

 

佐久間 一対一で付き合うなんて、そんなしんどいことやりたくないっていうことだよね。自分が極端な性格だから、「この人いいな」って思った途端、「でも、また葬式出ることになるのか……」っていうところまで考えてしまう。

 

植本 そこまで……。私は結局「一対一のパートナーシップがほしい」ってところに行きついちゃうんですよ。でもやっぱりその欲望自体が長年刷り込まれたもののような気もするし、そう気付いてるんだけど、その一方でそういう関係性を築ける人がどこかにいるんじゃないかっていう気持ちもあって。

 

佐久間 刷り込みもあるし、やっぱり父親との関係性もありますよね。

 

植本 あるんでしょうね。

 

佐久間 たとえば「不在のお父さん」がいる家はいっぱいあっても、それがどういうふうに子どもに影響するかは、もちろん人によって違いますよね。わたしの場合は恋愛しても精神的に向き合いたくない人間になってしまった。たぶん植本さんは、向き合ってくれる男の人がいい、って今は思ってるんでしょうね。

 

植本 思ってるけど、真逆の人を選んでしまう……。

 

佐久間 まさにそれが父親問題なんですよね。

 

―― 優しい人や好意を投げかけてくる人が苦手だと本に書かれていましたが、あえて向き合ってくれない人を好きになってしまうのは、ある種の自傷行為のようにも感じました。

 

佐久間 植本さんは「この人いい」と思った時に突っ込んでいく強さがありますよね。男性のどんなところを見て、いいなって思うんですか?

 

植本 結局誰でもいいんだと思います。ちょうど気持ちが弱っていたから、全面的に支えてくれる人がほしいという願望がまずあって、そこに現れたただ顔が好みの人を好きになったんです。追いかけていける誰かがいないと、自分をキープできなかったんですよ。

 

次回につづきます】

 

 

植本 一子(うえもと・いちこ)

1984年、広島県生まれ。2003年、キヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞し写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活動中。著書に『働けECD 私の育児混沌記』『かなわない』『家族最後の日』、共著に『ホームシック 生活(2~3人分)』がある。最新刊は今年10月末刊行の『降伏の記録』。

http://ichikouemoto.com/

 

佐久間 裕美子(さくま・ゆみこ)

1973年、東京都生まれ。1996年慶應義塾大学卒業後、イェール大学大学院修士課程に進学。98年大学院修了と同時に二ューヨークヘ。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て、会社員生活に向いていないと自覚し、2003年に独立。著書に『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』などがある。最新刊は『ピンヒールははかない』。

https://www.yumikosakuma.com/

 

企画・編集協力 綾女欣伸