第3回 アメリカの名著『倫理的なヤリマン』に学ぶ生き方 『降伏の記録』刊行記念対談 植本一子×佐久間裕美子

「絶縁」した母親や末期癌を患った夫への切実な心情を綴った『降伏の記録』(河出書房新社)。自分たちの手で生き方を選択するニューヨークの女性たちを描いた『ピンヒールははかない』(幻冬舎)。それぞれの著者である、植本一子さんと佐久間裕美子さんの対談を10月上旬に東京・田原町の本屋Readin’Writin’で行いました。母親との関刷り込みから抜け出すには係性、 “こうあるべき”という思想、そして自分自身の感情——それらとどう向き合い、どう乗り越えていくか。お二人の対談を全3回で公開します。(これまでの更新分はこちらから→第1回第2回

 

佐久間 あと、実はわたし、女の子と付き合ってみたいと思ってるんです。

 

―― 具体的な相手はいるんですか?

 

佐久間 いるんです。気になるんだけど、気持ちは完全に恋愛感情。でも、その子はストレートだし、どういうふうに誘ったらいいかわからないから、今は妄想しているだけ。

 

植本 恋愛対象が広がると楽しそうですね!

 

佐久間 本当にみんな自由なんですよ。特にミレニアルちゃんって呼ばれる1980〜2000年代生まれは、本当に自由。その世代を見ていて、わたしもせっかくこんなところに住んでるんだからもっと自由でもいいのかな、って気持ちになっていたら、その女の子がふわっとわたしの人生にあらわれた。

 

植本 世代で言うとわたしもミレニアルちゃんだけど、日本のその世代は全然自由じゃないですよね。

 

佐久間 アメリカだと、その親たちがまた自由な世代なんです。友達のマライアって女の子は、お母さんが友人と2人で同時期に 妊娠して、同じ家に住んで、お父さんはいないけどお母さんが2人いる環境で育ったんだけど、それがまたすごく素敵な女性なんです。彼女の親の世代には社会に対して反抗的な人たちも多くて、その下で育てられた次世代は本当に自由に育ったみたいです。「すごいわ! もっとできるわよ!」ってひたすら肯定してくれる親に育てられたら、とても前向きになりますよね。

 

植本 聞いていると、アメリカに生まれたかったくらいですね。

 

佐久間 でも一方で、自己肯定が過ぎると指摘されてもいて、企業のために「ミレニアルの扱い方」みたいなマニュアルが書かれたりしている。

 

植本 日本でいう「ゆとり」みたいなものですかね。

 

佐久間 近いかも。ミレニアルは会社だと上司から扱いにくいと思われたりする存在だけど、性に自由なところはいいなぁって思いますね。

 

―― 自己肯定感ということでいうと、植本さんにとって仕事上の評価は自信や自己肯定感につながると思いますか?

 

植本 そんなに思わないですね。そもそも自分ではそんなに仕事で成功しているとは思っていないので……。でも自己肯定感ってテーマですよね。それさえあったら楽勝なんじゃないでしょうか。

 

佐久間 結局それが難しいテーマなのかもしれないですよね。わたしだって子供の頃から親から肯定されないことにずっと悩んではきたけれど、今、たまに肯定されるようになったところで、「でも本当はわかってないんじゃないの」って思ってしまう。だから結局、親とかじゃない、外側からではなく、内側から自分が自分を肯定できないといけない、ってことにようやく気付いてきたと思う。

 

付き合う相手に書いたものを読まれたいか

 

佐久間 ところでわたしは日本人の男性とはあまり付き合わないから、相手はわたしの書いてる内容について知らないんだよね。

 

―― 植本さんは次に出会う人がもし本を読んでなかったら、「読んでから来い」ってなりそうですよね(笑)。

 

植本 結局そうなんですよね(笑)。 知った上で「お願いします」って言って!という気持ちもたしかにあるような……。でも向こうから来られるのも苦手で、自分に自信が持てないんです。

 

佐久間 女性の作家で自分の心情を赤裸々に書いている人たちって、外国人をパートナーにすることが多い気がしますね。山田詠美さん(※2006年にアメリカ人男性離婚後、2011年に日本人男性と再婚)とか、森瑤子さんとか。

 

―― 今回の本の高松旅行のところで、武田砂鉄さんのことを好きかも、と書かれていました。人を好きになるには相手への尊敬も必要ですか?

 

植本 「砂鉄さんのこと好きなんでしょ」って、いろんな人に言われます。その後に書いてる若い男の子の話がなかったら、砂鉄さんで確定、って思いますよね(笑)。

 

佐久間 でもそういう、一瞬の恋愛気分みたいなものってあるじゃないですか。そういう感情をもっと認めてもいいと思うんですよね。この人ちょっと好きかも、くらいの気持ちはいつでも誰にでもあると思います。だけど今「好き」ってことがすごい重いじゃないですか。

 

植本 それって日本だけですか?

 

佐久間 どうなんだろう……。わたしがポリアモリーという言葉があると知る前、アメリカで知り合った男性が「君のこと、すごい好きなんだよね」と言いつつ、「別れたばっかりの女にも気があって」みたいな調子だったんです。それを言われると傷つくということを伝えたら、「でもお前だってそうじゃん」って返されたんだけど、たしかにそうなんですよね。彼にそれを指摘されて、あ、そういうのも言っていいんだって思ったので、以来、正直ベースに変わりました。結局、その彼とはお互い自由っていう前提で、好き同士だけど、付き合う気はないっていう関係性が4年くらい続いています。

 

植本 向こうではみんなそんなに正直なんですか?

 

佐久間 みんながみんなそこまで正直でもないと思うけど、アメリカでは恋愛のルールがちょっと違います。お互いに「エクスクルーシブ」(他の異性とは付き合わない)っていう約束をするまでは複数と付き合っていても良いという前提。わたしのことがすごく好きそうで、まめに連絡が来るからと言って、ほかに女がいないとは限らないっていう。

 

正直に、オープンに、複数の人と付き合う

 

―― そこでジェラシーってないんですか?

 

佐久間 もちろんありますよ。その話でいうと、日本語に訳すと『倫理的なヤリマン(ethical slut)』っていう衝撃的なタイトルの本を今読んでいて(笑)、1994年に出た名著なんだけど、そこにもジェラシーはやっぱり生じるものだと書かれています。ジェラシーはあまりいい感情ではないけれど、みんなが感じるものではある。だからそれを認識した上で次の段階に行こうといったことが主張されています。

 

植本 その本、和訳は出ているんですか?読んでみたい……。

 

佐久間 残念ながらないんですよ。”slut”という単語には「ヤリマン」と当てられるくらいネガティブなニュアンスが含まれていて、その言葉自体をポジティブなものに変えていこうというところからその本が始まります。今60歳くらいの女性2人が著者なんですが、進歩の度合いがすごいですよね。

 

―― 『ethical slut』というタイトル、上半身はビシッとスーツを着てるけど、下半身は出てる、みたいな……(笑)。

 

佐久間 日本で出版したら売れるかもしれないけど、怒られそうですよね(笑)。でも、そういう考え方があるってことは知ってほしいと思って日記に書いたら、「翻訳してほしい」っていうメッセージがたくさん来ました。ごく身近な人たち、わたしを無条件で許してくれる人たちに、「倫理的なヤリマン実践したい」と伝えるところから小さく運動しています(笑)。

 

植本 でも実際、どういう実践になるんでしょう?

 

佐久間 正直に、オープンに、でも複数主義って書いてありました。これまたバチ思想ですが、性に自由な人は病気になる、みたいなことってよく言われがちじゃないですか。うちの母にも「ユミちゃんは恋愛主義だから、病気にだけはほんと気を付けて」って言われたことがあるんだけど、そういう考え方は絶対ウソだと思っています。

 

植本 うちだと、そんな性の話とかは絶対出てこない気がする……。

 

佐久間 わたしの母はそのあたり、だいぶ変わってますね。この前実家で洋画を見ていて、出会ったばかりの男女がはからずもロードトリップを重ねて2日目くらいでいい感じになるんだけど、それを見た母は「アメリカ人ってこんな簡単に……」って驚いていました。わたしは隣でニヤニヤしてましたけど(笑)。

 

 

植本 (笑)。それってアメリカの男女の実情に近いんですか?

 

佐久間 いや、ふつうに結婚していたり、長年の彼氏彼女みたいな人たちもいて、平和に過ごしているカップルももちろんいます。でもたぶんそういう人たちほど、セックスレスにならないようにちゃんと努力をしていますよね。

 

―― アメリカではセックスレスが悪というのは共通認識なんですか?

 

佐久間 共通認識ですよ。セックスレスは法的に離婚の理由として成立するんですよ。ニューヨーク州の場合、離婚は裁判所案件で、離婚を申請するには理由がないといけない。セックスレスは「遺棄(Abandonment)」といって、虐待、浮気といった理由と同列で認められているんですね。

 

植本 へ〜!それは驚きました。日本だとセックスレスがはびこってると思うのですが、みんな言わないですよね。

 

佐久間 たしかに、セックスがないことは夫婦としてヘルシーな状態ではないんですっていう認識は、日本にはそれほどないですよね。

 

植本 話せずに苦しんでいる人はかなりいると思います。セックスレスはどちらかがしんどい思いをしてたらもう大問題ですよ。

 

佐久間 植本さんのところは努力とかは……。

 

植本 してないです。

 

佐久間 精神的にしたくないと思ってしまうと、もうそこからは戻れないですよね。

 

「結婚も出産も、わたしの勝手でしょ」と言いたい

 

植本 ニューヨークにいる佐久間さんの友達は、結婚も出産も、自分で選んでいますよね。そもそも自分をベースにしてそういう選択をしていく発想自体、わたしにはありませんでした。結婚したのに子どもを産まないと、親や世間に何か言われる。そういう意識が強すぎて、逆に誰にも何も言わせないという気持ちで、あえて流れに乗ろうとしたんです。別の道もあったんだなって思うと、うらやましく感じてしまう。

 

佐久間 先ほどのキャロラインは今30代後半で、今ほしいからこれから現実的に誰かと子どもを持つための手順を踏むより、ひとりで人工授精を選んだほうがいい、と判断したんですよね。彼女の決断力にはほれぼれしたけれど、彼女だって最初は「ふつう」を目指した結果、どうやら自分はそうはならないらしい、と気づいたところで舵を切った感じなんだと思うんです。

 

わたしがポリアモリーに惹かれる動機も、「男に期待するより、自分で実現した方が早いじゃん」っていうことなのかもしれません。とはいえやっぱりダメな男を好きになったりするし、繰り返しですよね。そして子どもをつくるというのは、男性に対してだけだと実現できない、無条件の愛を捧げられる相手がほしいってことなのかな。植本さんには、かわいいお嬢ちゃんたちがいらっしゃるからね。

 

―― 植本さんの本を読むと、子どもを持つのもいいなって思います。

 

植本 わたし、子どもがいなかったらもう死んでた気がします……。きっとどこかで破滅していた。だから、子どもをつくることが生きていくために必要だったとさえ思ったりもします。娘たちがいるから、生きていかなきゃいけないって思える。ひとりでも、家族がいても、生きていくのは大変だから、それぞれに生きやすい道が見つかるといいですよね。佐久間さんにニューヨークがあったように。

 

母への葛藤を乗り越える

 

佐久間 いつもやさしくて、怒ったりせず、自分を支えてくれる、みたいな完璧なお母さんもたまにいるけど、わたしはずっと、お母さんとうまくいかない女の子としか仲良くなれないと思っていたんです。でも最近気付いたのは、深刻度はそれぞれだとしても、もしかしたら女性の8割くらいは母親問題を抱えているんじゃないかってこと。それは生まれてきてしまった性(さが)のひとつなのかなって思うし、特に母と娘の関係性は、不完全で問題があって当たり前なんじゃないかって。

 

植本 そうか、そうなんですね。

 

佐久間 もう何年も前のことですけれど、ブリトニー・スピアーズが子どもをベビーシートに乗せなくて違反切符を切られた時に、裁判所に“パレンティングコーチ”、つまり育児を教えてくれる指導員のところへ行くよう通告されたんですが、まずはそんな場所があるんだ!って驚きました。それで『AERA』から実際のパレンティングコーチの取材依頼が来て行ったんです。

 

自分の母親が精神を病んでホームレスになってしまったことが大きなトラウマになっているフォトグラファーの女性と一緒に行ったんですが、そんな自分がちゃんと親になれるかどうか不安に感じていて、取材先のパレンティングコーチに聞いてみたんです。そしたら、ひどい親を反面教師にしていい母親になれる人と、親に似てダメな母親になってしまう人とでは、確率論でいえば前者のほうが多いっていう話をしてくれたんです。自分がお母さんに傷つけられたと思ってる人の方がいいお母さんになる、と。それを聞いて彼女は安心して、いまは子どもを持ってお母さんをやってますね。お母さんだって完璧じゃないし、つらいことがある。それを知るのって素敵なことだと思います。だから植本さんは大丈夫だと思います。

 

植本 そうだといいな。ありがとうございます。

 

 

佐久間 それにしてもうれしいです。会えてよかった。

 

植本 わたしもです。わたしは女の人に苦手意識があるんですけど、最近お会いする女性の作家さんは楽しくお話しできる方が多くてうれしいです。

 

佐久間 わたしも小さい頃から男の子になりたかったくらいで、同じような苦手意識はありました。でも、いい意味で変わった女性も実はたくさんいるなって気付いてきて、ついこの前トークした稲垣えみ子さんも相当変わってたし(笑)。でも表現者は変わってる方がいいと思う。

 

―― そのトークは「不安」がテーマでしたよね。稲垣さんが、みんなが不安になるのは社会という「外」にばかり意識を向けてそのぶん「内」の生活をないがしろにしているからでは、と指摘されていました。そうすると生活の記録でもある植本さんの本は、生活のほうに戻っていこうという働きかけが込められているようにも読めます。

 

植本 ということは、わたしはニューヨークに行けばすべて解決するのでは……。

 

―― 生活はあるから、あとはニューヨークに行くだけ(笑)。

 

佐久間 解決するかはわからないけど、ぜひ来てみたらいいと思いますよ〜。

 

植本 日本に飽きたから、行きたいです……。佐久間さんの本を読むと、「あ、まだ人生って続くんだな」って思います。結婚しても好きな人ってできるし、悲しいことの先にも救いがあるし、まだまだ先は長いって思いました。だから、これからちょっとずつでも変えていかないと、ですね。

 

佐久間 この前、共和党のおじいちゃんみたいな重鎮議員が秘書とデキてたっていうニュースが流れてきて、そんな歳でもやってんだ!ってびっくりした(笑)。たしか70代だったかな。だからわたしたちも、まだまだですよ!

 

 

 

【終わり】

 

植本 一子(うえもと・いちこ)

1984年、広島県生まれ。2003年、キヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞し写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活動中。著書に『働けECD 私の育児混沌記』『かなわない』『家族最後の日』、共著に『ホームシック 生活(2~3人分)』がある。最新刊は今年10月末刊行の『降伏の記録』。

http://ichikouemoto.com/

 

佐久間 裕美子(さくま・ゆみこ)

1973年、東京都生まれ。1996年慶應義塾大学卒業後、イェール大学大学院修士課程に進学。98年大学院修了と同時に二ューヨークヘ。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て、会社員生活に向いていないと自覚し、2003年に独立。著書に『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』などがある。最新刊は『ピンヒールははかない』。

https://www.yumikosakuma.com/

 

企画・編集協力 綾女欣伸