2018年の藤枝大さん(書肆侃侃房)をあらわす一冊:『短歌ムック ねむらない樹 vol.1』

2018年の年末短期集中企画「2018年のあなたをあらわす一冊」。5人目は、短歌や文学の魅力を発信する福岡の出版社・書肆侃侃房の藤枝大さんです。福岡にも短歌にも縁がなかったという藤枝さん。短歌ムックの創刊にかかわるまでにどんな物語があったのでしょう。

関西で育ち、大学からは東京、一社目に入社したのは都内の海外文学の出版社。その後、行きがかり上、縁もゆかりもなかった福岡へ。新たな職場で関わることになったのは、それまでほとんど読んでこなかった短歌の出版でした。職務は営業、自分に何ができるだろうかと考える日々。転機になったのは、吉祥寺のBOOKSルーエで短歌フェアを開催していただけたこと。来店者の方も巻き込む参加型。その場にある歌集から自分の好きな歌を短冊に書いていただき、書店の一階と二階をつなぐ踊り場部分に掲示したのです。社員総出で切り貼りし、やっと完成した手作りの巨大パネル(約縦4m×横3m)も多くの方に注目していただけました。

次第に新刊の歌集刊行に合わせて全国の書店でフェアをやっていただけるようになりました。歌人の選書フェア(千葉聡さん、伊波真人さん、雪舟えまさん、初谷むいさん、加藤治郎さん、大森静佳さん、服部真里子さん)、新入学生に向けた大学生協での「新鋭短歌シリーズ」フェア(北海道大学、東京大学、早稲田大学、京都大学)など。アンソロジー『短歌タイムカプセル』の刊行に合わせて、短歌くじも作ってみました。くじには一首引いてあり、その歌の詳しい解説が書籍に載っている。入り口として、軽い気持ちで短歌に触れてもらえる。

謹呈文化が今も根強い短歌の分野で、新たな読者に歌集を手渡せることは大きな喜びになっていました。版元の営業として短歌に向き合い始めたわけですが、「いかに自社の歌集を買ってもらえるか」よりも「いかに短歌を届けるか」が課題になっていました。すっかり短歌の虜でした。おもしろくって、仕方がない。二年前の自分に言ったらさぞ驚くことと思います。

そして、初めて編集に携わることになりました。東直子さん、大森静佳さん、佐藤弓生さん、千葉聡さん、染野太朗さん、寺井龍哉さんという六名の歌人を編集委員にお迎えして、短歌ムック「ねむらない樹」を刊行したのです。創刊号の巻頭特集は「新世代がいま届けたい現代短歌100」。そこに掲載されたのが、例えば以下の歌です。

 

春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる 服部真里子

眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず 小池光

たて笛に遠すぎる穴があつたでせう さういふ感じに何かがとほい 木下こう

善も悪もみんな燃やせば簡単だアメリカの洗濯機はごつつう廻る 林和清

自転車の灯りをとほく見てをればあかり弱まる場所はさかみち 光森裕樹

ともだちを旧姓で呼ぶともだちがちゃんと振り返る 蚊だよ 北山あさひ

 

もしビビビときたら、手に取ってみてください。特集のほかにも新作短歌、シンポジウム再録、対談、往復書簡、日記、コラムなど盛りだくさんなので。2019年2月1日にはvol.2が刊行になります。新たに創設した短歌の新人賞「笹井宏之賞」の第一回受賞作発表号です。
短歌に関わり出してまだ間がないこと、営業でありながら編集であること 。そうしたなかでどんなことをしていけるのか、来年も探っていきます。短歌、おもしろいですよ!

2018年の藤枝大さん(書肆侃侃房)をあらわす一冊:『短歌ムック ねむらない樹 vol.1』


藤枝大(ふじえ・だい)/都内の出版社を経て、2017年から書肆侃侃房で勤務。営業のほか短歌ムック「ねむらない樹」の編集を担当。海外文学と短歌、詩、俳句に特化した本屋「本のあるところ ajiro」を今年10月にオープンさせ、書籍の仕入れとイベントを担当している。福岡在住。