第4回 家賃はこの世のショバ代か 『あたらしい無職』刊行記念トークイベント 丹野未雪×栗原康「無職を語る」

8/11(金)東京・田原町のReadin’Writin’にて、『あたらしい無職』(タバブックス)刊行記念イベント「無職を語る」が開催されました。『あたらしい無職』は著者の丹野未雪さんがフリーランスや正社員として過ごした3年間の記録で、会社とはなにか、仕事とはなにかを考えさせられるエッセイです。今回の対談相手は、おなじくタバブックスより『はたらかないで、たらふく食べたい』を出版されている政治学者の栗原康さん。旧知の仲であり、栗原さんによると「貧乏、借金、タバブックス」が共通点であるおふたり。世の中の窮屈さから自由に生きていくためのヒントが得られるトークの中身を、一部抜粋して全5回でレポートします。(過去回はこちら→第1回第2回第3回

 

栗原 またもう少し本の中身に触れていきましょうか。この本は全部で3つの章立てがされていて、第二章が正社員時代のお話、第一章と第三章は無職時代のお話なんですけど、仕事がない時期の記述がまたおもしろいんですよね。楽しんでるのが伝わってくるというか。

 

ぼくもたいがい仕事をしていないときの方が多かったりするんですけど、とにかく時間がありますよね。海外旅行のくだりなんかも、楽しそうだなぁって。

 

丹野 同時期に無職になった知人と、激安パックツアーでスペインに行ってきたんです。そのツアーに、ほかはだれが来ているかというと、すでにリタイアされている人が多かったりして、やっぱり働いている人はそんなにいなかったですね。

 

栗原 一週間まとめて旅行できるのも、学生か引退してからかくらいですよね。それを考えると、日本はちょっとおかしいですね。ヨーロッパだとバカンス的な感じで遊びまくってるじゃないですか。正社員にももっと無職の常識を!あ、それで、しかもたずねた先が、日本からスペインに行って豆腐屋やってる方でしたっけ。

 

丹野 そうそう。定年退職後に、第二の人生としてスペインで豆腐屋をやり始めた方で。

 

栗原 それでふたりで遊びに行ったら、「こっちに来なさい」って言われたって。

 

丹野 同行していた知人は、「日本女性はヨーロッパでモテるから、年齢気にしないでおいで」って言われてました(笑)。彼女はそのとき目がキラッと光って、「本当ですか?行きますよ」って(笑)。

 

そういうちょっとしたひと言で気が楽になるし、人生が少しひらけるような気持ちになりますよね。

 

栗原 本当にいくかどうかは別として、そういうことができるとわかるだけで全然違いますよね。日本に帰ってきて仕事がなかったとしても、スペインで豆腐つくってモテる人生を送るという選択肢を持っているのはいいですよね(笑)。

 

丹野 そうですね。自信というか、やろうと思えばできるっていう、そういう支えがあるのはいいですね。

 

栗原 あと共感したところとして、正社員だと時間がないからお昼に千円払っちゃったりするけど、無職でお金がない分、時間があるからこそ、お金をかけずにごはんが食べられるっていうところですね。

 

丹野 通勤していると基本的に時間に融通が利かないんで、結局高いものを高いまま買っちゃう。それで問題なければいいんですけど、お給料もそんなに高くないので、ただただ経済的に打撃が…。ストレスがどうしてもたまるんで、たとえばお酒で発散したりもしてしまうし(笑)。

 

栗原 無職になってから友だちと飲んだりする場合、いまの時期だったらコンビニでビール買って外で飲めばいいですからね。わざわざ高いお金出して居酒屋にいかなくても。

 

丹野 最近路上で飲んでるサラリーマンってすごく多いですよ。渋谷の駅前とかも、若い人だけじゃなくて役職のありそうな方も路上飲みしていて。わたしは就職氷河期世代でバブルを知らないですけど、ほんと日本って貧しくなったんだなって。

 

栗原 高円寺で素人の乱っていうリサイクルショップをやってる松本哉さんって方がいますが、彼の最近出した『世界マヌケ反乱の手引書』のなかでおもしろかったのは、居酒屋的な空間を自分たちでつくればいいじゃんってことで、電車のなかで飲むことを思いつくんです。電車に酒を持ち込んで、宴会をひらいてしまうんですよ。

 

しかも朝までずっと電車が動いてる元旦に(笑)。そうすると次第に、知らないおっちゃんたちが「いいね、あんちゃんたち!」なんて寄ってきたりして、ひたすら飲み会していたっていう(笑)。だから、街全体が飲み屋みたいにしていくというのがいいのかもしれないですね。

 

居心地のよい関係性があれば、どこでも生活できる

 

栗原 前半で社会保障の話も出てきましたが、家賃問題もデカいですよね。

 

丹野 デカいですね…。

 

栗原 本のなかのフレーズですごく印象に残ってるのが、家賃を払えるかどうかが、この世のショバ代を払えるかどうかなんじゃないかっていう。

 

丹野 「家賃はこの世のショバ代か」

 

栗原 いま丹野さん東京にお住まいですよね。

 

丹野 そうです。毎月払っている家賃をトータルで考えると、「東京にいる」ということに膨大な金額をつぎ込んでるなと思いますね。

 

いま、全国で都市が均質化されているじゃないですか。大阪に行っても東京みたいな商業施設があったりして。

 

栗原 埼玉の郊外も、ほかの地域の郊外とほぼ同じ風景ですね。

 

丹野 さみしさを感じますよね。でもこの間、ちょっと思ったことがあって。福岡や広島のトークイベントに集まった人たちと飲んだりしゃべったりしていると、「ここは高円寺なの?」みたいな気分になったんですよ。

 

都市って現代では、場所の独自性が大事なんじゃなくて、気の合う人が集まっているから自分がいやすいとか、そういうのに変わってくる瞬間があるのかなって。となると、自分がいやすいコミュニティがあれば、それは別に東京じゃなくてもいいし、福岡でも山形でもいいんだろうなということを思ったんですよ。

 

栗原 都市が均一化していくことについては、この野郎と思うんですが、人が集まってきて同じような雰囲気になるってことに悪い気はしないですよね。

 

丹野 福岡のコミュニティと広島のコミュニティも全然ちがっていたのですが、わたしがいま東京にひとりで暮らしているのに近い感覚だと、福岡いいかもって思ったんですよ。

 

栗原 いまLCCだと福岡までかなり安く行けますしね。

 

丹野 (山下)陽光さんが、「1万9千円でこれくらいの部屋があるよ」なんて、物件情報を教えてくれるんです。安いけどお風呂もきれいで、いいお部屋。そういうことを移住した人を通じて知ると、住もうかなってワクワクしたりしつつ仕事の関係者は東京しかいないので、どんなふうにやり取りできるかなって考えたり。

 

栗原 ライターとか編集のお仕事だと、もちろん関係者と会わなきゃいけないこともありつつ、場所が離れていてもできないことはないですよね。

 

丹野 打ち合わせをまとめてやるとか、割がいい時間の使い方を編み出すとかね。

 

栗原 1~2万円で住めるんだったら、たまに東京に来る交通費を考えてもそっちの方がよいかもしれないですよね。

 

丹野 そういう家賃や交通費とか、移住者ならではの目線で陽光さんは教えてくれるんです。今年の春に移住した友人もいて、そうするといっそうリアリティを感じるというか。

 

栗原 人から直接聞けるのはデカいですね。福岡に森元斎くんっていうヤバイひとがいるんですが(笑)、彼は一軒家にむちゃくちゃ安い家賃で住んでるんです。実際に空き家っていっぱいあるじゃないですか。福岡でも、市内からちょっと郊外に出ると空き家がいっぱいあるんですよ。ただ、そういう情報は不動産屋経由では出てこない。だから自分で車まわして、見ず知らずのおばあちゃんちをコンコンってたずねまくったと(笑)。

 

丹野 あやしすぎる(笑)!

 

栗原 「ぼくはこういう者で」って説明すると意外と話を聞いてくれるんですって。それで気付いたら不動産屋を通さずに、空き家だった一軒家を貸してもらえることになったそうで、しかもこれがまたむちゃくちゃいい部屋なんですよ。知り合いがいないのに空き家をまわるっていうのは信じられないですけどね。ぼくはそんな森くんのことを、年下だけどアニキって呼んでます(笑)。 でもそういう人たちの話を聞いてると、イケるかもって気持ちになりますよね。

 

丹野 そういう、まず動いてみるという人たちの暮らし方から、無職か会社員かというふたつの選択肢だけじゃなくて、またそれとは違う生きていく方法を模索できるというか、いろんな刺激や考えていくための素材を受け取っているなあと思いますね。

 

栗原 そういう人たちの話を聞いていると、東京でもなにかやりようがあるんじゃないかとも思えてきますよね。

 

空き家は東京にもたくさんあるんでしょうけど、いまだとオリンピックに向けて開発!開発!という流れですよね。空き家的な場所は開発のチャンスでしょうから、そこをリノベーションして家賃を取れるような場所にしていくと。そうすると、どこもかしこも家賃があがっていくような状況になってしまうけれど、開発いらないですからね。むしろ、家賃が安く住める環境をつくっていけばいいのに。

 

…あ、この話は、「オリンピックいらない」って言いたかっただけです(笑)。

 

丹野 同じく、オリンピックいらないです!

 

栗原 さっき話した松本哉さんも「家賃なんかいらねえよ」っていう人だし、たしか昔、かれらがやっていたデモのコールで、「部屋がせまい! 壁がうすい! 全力でセックスができない! 家賃はいらない!」って(笑)、その通り!なんて思ったりします。そういうのを無職に開き直るのとセットで考えていくのが大事かな、って改めて思います。

 

次回につづきます)

 

【プロフィール】

丹野 未雪(たんの・みゆき)

1975年宮城県生まれ。編集者、ライター。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。趣味は音楽家のツアーについていくこと。双子座。

 

栗原 康(くりはら・やすし)

1979年埼玉県生まれ。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。著書に『大杉栄伝 永遠のアナキズム』『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』『死してなお踊れ 一遍上人伝』など。