最終回 弱みをさらけだせる友だちは命綱だ 『あたらしい無職』刊行記念トークイベント 丹野未雪×栗原康「無職を語る」

8/11(金)東京・田原町のReadin’Writin’にて、『あたらしい無職』(タバブックス)刊行記念イベント「無職を語る」が開催されました。『あたらしい無職』は著者の丹野未雪さんがフリーランスや正社員として過ごした3年間の記録で、会社とはなにか、仕事とはなにかを考えさせられるエッセイです。今回の対談相手は、おなじくタバブックスより『はたらかないで、たらふく食べたい』を出版されている政治学者の栗原康さん。旧知の仲であり、栗原さんによると「貧乏、借金、タバブックス」が共通点であるおふたり。世の中の窮屈さから自由に生きていくためのヒントが得られるトークの中身を、一部抜粋して全5回でレポートします。(過去回はこちら→第1回第2回第3回第4回

 

(東京・高円寺のリサイクルショップ「素人の乱」を経営する松本哉さんに関する話を受け)

丹野 松本さんは主張をワッと声に出していける人だと思うんですけど、わたしは全然そうじゃないんですよね。でも、世の中的には声に出せない人の方が多いと思っていて。

 

今日も無職をテーマにしたイベントにこうやって来てくださる方が満席になるくらいいらっしゃるということは、大きく声に出さなくても問題意識を共有して、そこから何か動いていけるんじゃないかなということを思ったんですけど。

 

(山下)陽光さんの『バイトやめる学校』は象徴的だと思うんですけど、資本主義的な生き方が苦手だってみんなもう気付いていて、そうではない別な生き方、別の仕事の仕方を模索しているなかで、どうすれば変に悲観しないでやっていけるんだろうっていうのを考えたときに、それを支えてくれるのは友だちだなって。40過ぎて会社辞めて仕事がなくて、年末年始に郵便局でバイトしますって、やっぱりなかなか言えないと思うんですよね。

 

栗原 「言えない」っていうのが、ね。

 

丹野 ね。わたしも「この人には言いたくないな」っていうのありましたよ。でも、これまで自分なりに職場や遊びの場で人間関係を築いてきたなかで、ひとまず受け止めてくれる人たちがいてよかったなって。

 

栗原 そういうのは大きいですよね。郵便局のバイトもそうだし、知人に家族から借金していることを話したら「かわいいじゃない」って言ってもらえたって話も載ってましたが、そう言ってくれる人が周りにいると安心できますよね。

 

丹野 器でかいな、って尊敬しなおしました(笑)。仕事のキャリアも大事かもしれませんが、自分の弱みを見せられる友人が何人かいることや、そういう人たちときちんとした人間関係を保つことが、ほんとに一番の命綱だなって。借金をしたJ子さんもそうなんですけど。

 

栗原 いざってとき組織は守ってくれないけど、友だちは助けてくれますからね。本の最後の方で、J子さんに借金させてもらう話が出ますね。J子さんとはぼくも知り合いなんですが、太っ腹ですてきな方ですよね。

 

丹野 借金のお願いをしようと電話したときに、びっくりさせてしまいましたけどね。「飲み会の誘い?」みたいな感じで電話に出てみたら、「金貸してくれ」。電話のむこうでJ子さんが息を飲んだのが伝わってきて。

 

栗原 おれも言ってみようかななんて思ってしまった(笑)。

 

「お金が返ってきたことより、ちゃんと返す丹野であったことがうれしくて」というJ子さんのことばに、貸す方は貸す方で、貸した側に負い目を背負わせたくないんだよなってことを考えましたね。

 

借金って権力関係を生んでしまうというか、もともと奴隷制の根拠でもあります。返せなかったら自分の体を切り売りしてでも返せというところから、主人と奴隷の関係が生まれて。だから、J子さんが丹野さんにそういう負い目を背負わせたくないということを文章から感じました。

 

おもしろいのは、お金を貸しているからといって、必ずしも主人と奴隷の関係が生まれるわけではないということですよね。J子さんと丹野さんのような関係、気づかいをもてば主人と奴隷ではなくなる。

 

デヴィッド・グレーバーの『負債論』という本があるのですけど、そのなかでお金を借りても必ずしも奴隷にはならないっていう例が紹介されているんです。実は返さなくてもいいからただあげる、というのが危険なときもあるんですね。ただあげてしまうと、もらった人はくれた人に感謝をする。それが返しえない恩義みたいになると、くれた人を崇めてしまう。ヒエラルキーができちゃうんですよね。

 

丹野 うーん、その怖さ、なんかわかります。

 

栗原 逆に金の貸し借りはあっても、ツケの文化というのがあって。ある町で、みんながツケで生きているという話が紹介されています。床屋がパンを買ったらそれはツケで、そのパン屋が床屋で髪を切ったらそれもツケで、という感じで。そうすると町中みんな借金だらけになるんだけど、一年経ったら債務帳消ししましょう、と。それで一回みんなチャラにして、お祭りとかやって、そこからまたツケで生き始めると。そういうことをやっていた町があったんだってことが、その本に書いてあるんですが、そこまで行くと、相互扶助ですよね。

 

お互いにできることで助け合っていく。もちろん何の見返りもなしになにかしてあげるっていうのが根っこにあるわけですけど、それをどう形にするかですよね。きっと意識していないだけで、いままでもこれからも、丹野さんがJ子さんを助けていた、助けているってこともあるでしょうし。

 

丹野 ただ、本当にお金って扱いが難しい。負債は負債だし、借金がふたりの人間関係を変質させてしまう可能性も高いじゃないですか。それこそ主従関係ができてしまったり。

 

栗原 金の切れ目が縁の切れ目みたいな。

 

丹野 それは絶対に避けたいですよね。でも、自分で一番びっくりしたのは、J子さんに借金したことが心の支えになったことなんですよね。お金を借りることで、なぜか気持ちが明るくなったんです。それはちゃんと返せる前提があったからなのか、なぜなのか理由がわからなくて…。

 

栗原 貸してくれる人がいるっていうことかもしれませんね。

 

丹野 ……あ、そうか!信頼してくれたっていうことに、気持ちが明るくなったんですね。いまわかりました!

 

栗原 困ったときに手を差し伸べてくれる人がいるってことですからね。

 

丹野 関係性が変わっていないということの証に、返済記念の飲み会をしたんですよ。

 

栗原 J子さんって貧乏人にはおごってくれるんですよね。返済祝いの飲み会もJ子さんのおごりなんだろうなって(笑)。

 

丹野 お察しの通り、おごってくれました。一応お礼のチョコレートは持っていきましたよ(笑)。

 

栗原 そういうのが、グレーバーのいう相互扶助の感覚なのかなって思います。

 

だからこの本はほんとに盛りだくさんなんですよ。仕事の話もあれば、無職のときのノウハウもあれば、友人との助け合いで借金の話まで入ってくるっていう、素晴らしい本です!

 

(終わり)

 

【プロフィール】

 

丹野 未雪(たんの・みゆき)

1975年宮城県生まれ。編集者、ライター。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。趣味は音楽家のツアーについていくこと。双子座。

 

栗原 康(くりはら・やすし)

1979年埼玉県生まれ。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。著書に『大杉栄伝 永遠のアナキズム』『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』『死してなお踊れ 一遍上人伝』など。